目を覚まして歪んだ視界に映るものたちは、脳が段々と正確に機能していくと共に直ぐに色の無いものたちへと変わっていった。そして同時に心の中に出来た小さな穴は驚くべきスピードで拡大して不安と喪失感を産み出していく。自分の体内に出来た筈の穴は、いつの間にか自分自身を呑み込もうとしているらしい。溺れる、そう気付いたときには既に遅かった。もう逃げ出すことなど到底不可能な程にぐるぐると漆黒の渦を巻きながら襲い掛かってくる。呼吸の仕方すらもう思い出せなくて。いきがつまりそうなんだ。視界に映るのは只々、無。存在は有るのに存在が無い。歪んだ視界と忘れられた呼吸に、脳は音も立てないままに壊れ始めた。
何れだけ昔の事かはもう定かではないが、おれは当たり前の様にこの霞んだ酸素で息をしてしまっていた。汚れた景色を当たり前だと受け入れていた。或る時それが間違いだと教えてくれた。このせかいにはさかえぐちはきれいすぎるんだ。ふたりだけのせかいをつくろう。ふにゃりとしたいつもの笑顔を向けながら彼は右手を差し出した。汚れた世界からも霞んだ世界からも歪んだ世界からも乱れた世界からも狂った世界からも全て凡て総てから守ってあげる守りたいんだと言った。「おれの此の手を牽いてくれませんか?」
一度手を繋いだら其処からはもう簡単だった。視界も呼吸も脳も何もかもが。世界すら一瞬にして変わってしまった。全てが輝いて美しくて。彼が居る空間こそが正しくて輝いていて美しくて唯一の世界。彼が居ない空間などもはや世界として成り立つ訳も無い。ぽつりとたった独り残された部屋は無と同様。其処に存在しているおれも又然り。たった今、おれは存在を許されていない。
何処。何処。どこなのみずたに。みずたにがみえないよいないよみずたにがおれのそばにみずたにがみずたにみずたにみずたにみずたにみずたにいないのなんでみずたにが

「…さかえぐち?」

開いたドアの先に光、世界そのものが現れた。水谷には色があって熱があって、唯一、何時だって確かに存在しているんだ。渦だっていつの間にか消えていて、気付けば呼吸も当たり前の様にしていた。視界に色が戻る。自分の体温も五感も分かる。水谷がいる世界。此処では存在を許される。
水谷はやっぱり王子様だったんだね。それかヒーローなのかな。不図、溢した言葉に何故か一瞬眉をぴくりと動かしたけれど、直ぐに見慣れた笑顔を浮かべたので、それを咎める事は無かった。

「…ねえ栄口、」
「なに?」
「これから、ずっと、ずうっと、おれから離れちゃ駄目だよ?」
「…おれはもう、水谷しか要らないから」

あいしてる、そう囁いておれを優しく抱き締めている水谷が冷たく微笑っていたことなんて知らないままで。





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クソレ依存の病みせかいと
そう仕向けた確信犯クソレ

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