おまけ



「ハロー兄ちゃん、私ついに結婚するわ!」
 ミシェーラからそう吉報が入ったのは、レオナルドがスティーブンと交際および婚約をしてからおよそ一年が過ぎたころだった。
 ネットカフェでスカイポをしていて、脈絡を無視した突然の知らせだった。すでに招待状を送っていて、近日届くらしい。
「そうかぁミシェーらがつい……つい、に……うっ、ふぐ、うわあああああん!!」
 号泣した。なにせ、ついに結婚である。あのミシェーラが。
 レオナルドの後を追おうと車いすから転げ落ちて大泣きしたミシェーラ。幼いころ歩き疲れたレオナルドに、車いすのスペースを半分あけて一緒に座らせてくれたミシェーラ。テレビのチャンネルをめぐった喧嘩をして、レオナルドを打ち負かしてにっこり笑ったミシェーラ。
 ミシェーラの兄離れは、兄として嬉しい反面とても寂しい。
「お、おめ……ぐす、おめでと〜……お前〜絶対幸せになれよ〜」
「もう、お兄ちゃんったら泣きすぎよ」
 苦笑されながら、盛大に泣いて、涙を流しきると少し気持ちが落ち着いてきた。
 なぜならミシェーラの結婚は一大事だ。――だって妹の結婚イコールレオナルドの結婚である。
 レオナルドには恋人がいて、その恋人がミシェーラの挙式にあわせて結婚する気でいることを、ついに彼女に伝えなければならない時がきたようだ。
 怖い。快活でときおり突飛なことをする兄ちゃん大好きなこの妹が、レオナルドの結婚を聞いてどういう行動を引き起こすのかとても怖い。
「ミシェーラ、実は兄ちゃんからも報告があります」

 お兄ちゃん、お前の結婚式の翌日に男の恋人と結婚する予定です。

 そう告げたとき、スカイプの電波が不穏な影を落としたように思えた。会話が途切れたわずか数秒の沈黙すらも耐えられなくて、レオナルドは口火をきった。
「……ミシェーラ?」
「絶対ダメよ」
「ちょ、あの、ミシェーラさん」
 音声のみでビデオ通話のはずだが、怒っているし拗ねてもいる、そんな彼女の顔が目に浮かんでくる。加えて同性婚に困惑もしているかもしれない。
「ねぇ、その人イケメンかしら?」
「え? うん、すごいイケメンだと思うよ」
 唐突な質問に、レオナルドは戸惑いながら素直な感想を伝えた。
 スティーブンは非常にイケメンだ。頬に大きな傷があるものの、彼の甘いマスクは時折レオナルドすらも赤面させることがある。スティーブンくらい整っていれば、顔だけで相手を恋に叩き落してしまったことが何度かあるだろうと思う。あの、結婚騒ぎになったくだんの令嬢のように。
 すると、ミシェーラがはしたなく舌打ちをした。思わずレオナルドの肩が跳ねる。
「年収は?」
「さ、さぁ、わかんないけど。あっ、クレジットカードは金色だったな」
「それくらいじゃわからないわね。ゴールドならそこそこいるし。ねぇ家は? どんな家?」
「比較的安全なところだよ」
「持ち家?」
「マンションだよ、23階」
「可もなく不可もないわね。学歴はどう?」
「そういう話はしたことないよ。俺だって大学いってないし」
「じゃあ慈善活動は!?」
「仕事内容が慈善活動みたいなもんだよ!」
 ミシェーラの立て続けの質問にレオナルドは両手で髪をぐしゃぐしゃにかきまわした。
 ゴールドカードはそこそこいるだの、崩落したニューヨークで生き残った(それも安全地域の)マンション23階を可もなくといったり、トビーとつきあってミシェーラの水準はすこし上がっているんじゃないだろうか。
 ミシェーラに限ってそれはないと思うけど、レオナルドは弱りきってうなだれた。
「まぁいいわ。それで私たち家族への挨拶は? 当然あるんでしょう?」
「……いやぁ忙しい人だからHLを出るのは難しいんじゃないかなぁ」
 するとミシェーラの声が一段と低くなった。
「はぁ?」
 聞いているだけで思わず謝ってしまいたくなるほど恐ろしくて、レオナルドはネットカフェのボックスの中で身を震わした。
 ミシェーラの怒りはもっともだ。仮に逆の立場だったらレオナルドは強固に結婚に反対しただろう。顔がよくてお金があっても、家族をないがしろにするなんて人格が疑わしい。
 あわてて取り繕うように話を進めた。
「その、そんなすぐってわけじゃないんだよ。いや入籍はすぐにでもって感じだろうけど、式はまだ全然考えてなくて」
「なにそれ挙式もしない男なの!?」
「違うって! 俺の都合!」
 火に油を注ぎかけてレオナルドは悲鳴をあげた。
 たぶん、ミシェーラの結婚式がすめば、せっかちなスティーブンは愛の誓いを即座にやってしまうだろう。しかし式となると話は別だ。
 結婚は一人でするものではない。相手あってこそだし、当然二人でおこなうものだ。そして、とってもお金のかかる行事である。
 この一年、自身の結婚が決まってからというものレオナルドはすこしずつ婚儀に関する情報を集めていた。自分から調べたものもあるが、結婚の話が近くでされているとつい聞き耳をたててしまうのだ。そしてレオナルドに不安を与えたのは、お金の悩みだ。挙式会場、料理、服。演出によっても価格がかわるし、招待客へ引き出物も安くはすまない。遠方から親戚を招く場合は交通費を出すケースもあるらしい。
「でも、お金ないし」
 レオナルドは基本的に貯金がない。バイトの給料日がずれているために残高がゼロになることはめったにないが、一番稼ぎの大きいライブラの給料日前には水のみの生活もしたことがある。
「スティーブンさんにだけ出させるのは、違うだろ」
 現実的に考えて、金銭に余裕のあるスティーブンのほうが負担が大きくなるのは仕方ないが、いくらなんでも全額を払わせるなんてできない。
 そしてなにより、レオナルドはスティーブンに養われたいわけではない。
「対等なんて無理なのはわかってるんだ。守られてばっかだし、ぶっちゃけあの人の愛情めっちゃ重たいし。……でも、俺だって少しは返せるだろ」
 家事は二人で頑張れるし、生活費だってわずかだが出せる。愛情だって、測れるものではないけど、もらったぶん返せてる。
 時間がかかってもお金がたまるまでは結婚式はまってもらいたい。
 ミシェーラがため息をついて呆れている。レオナルドを誰より知っている彼女なら、説得しても無駄だとわかっているだろう。
「好きなのね」
「やめろよー言わせんなー」
 パソコン画面の前で顔を赤くして身もだえした。あらためて言われると恥ずかしい。
「まぁ式が決まったら呼ぶよ。……あと父さん母さんにも連絡入れる」
「お兄ちゃん、お金ならあるわ」
 これくらいはあるんじゃないかしら、と言って、告げられたのは二万ドルを軽く超えた値段だった。レオナルドはみたこともない金額だ。
 ミシェーラから、というよりもおそらくトビーからだろう。お金を出してもらったところで意味ない。
「お前話きいてた!?」
「あら、ちゃんとお兄ちゃんのお金よ。これは今までの仕送りの半分」
「は、半分って……お前残しておいたのか」
「ぶっちゃけると全部取っておいたのよ。私も結婚するし、お兄ちゃんも結婚するし、半分こでいいんじゃない?」
 唖然としていると、ミシェーラがお見通しのように軽やかに笑った。
「もう私の結婚式に連れてきちゃえばどう? 会ったらめっためたにしてやるんだから!」
 いったい何をするつもりなのか、レオナルドには聞けなかった。めっためたにするのがミシェーラだけで済むとも思わない。確実に彼女は両親とトビーの三人も味方につけてくるだろう。
 意外と打たれ弱い人だから、お手柔らかにしてやってほしい。たぶんスティーブンを助けてやることはできない。
「それでね、お兄ちゃんが帰ってきたら二人でダッツのおっきいアイスを食べるのよ。根掘り葉掘り聞かせてもらうんだから」
「うげっ」
「お兄ちゃんのおごりだからね! 家に帰るときはバニラ味買ってきて」
 スティーブンもろとも、逃げ道がなさそうな状況に、切るぞとぶっきらぼうに通話を終了させてしまう。たぶん小言のネタを増やしてしまった。
 せめてもの抵抗に、ダッツのイチゴを買って家に帰ろう。


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