12


 体が崩れる感覚がする。膝が笑って、立っているのもやっとだった。それでもまだスティーブンの足は氷を作れる。致命傷はないが、あまり浅くもない傷が多すぎる。
「これ以上その技を使うと失血死するわよ」
「残念だが、ここで折れると男がすたるんでね」
 傷一つ残っていない吸血鬼が、つまらないもののようにスティーブンを見る。そろそろ飽きたのかもしれなかった。でももう十分時間は稼いだはずだ。
「男って馬鹿ね」
「誉め言葉だよ……絶対零度の剣(エスパーダデルセロアブソルート)!」
「無駄よ」
 最後の攻撃も、彼女に届くことはなかった。体を支え切れなくて地面に倒れこむ。足はまだ体にくっついているのに、もう動きそうにない。
 ブラッドブリードは腕を戻し、ダーツの構えのように顔の横にあげた指先をとがらせる。
「あなた、もういいわ」
 爪先が反動をつけるように下がって、振りぬかれる。

 目の前を影がよぎった。
「うっぐ!」
 スティーブンをかばうように立ちふさがった肩を指が突き刺し血を流している。戦えないからと着せた防弾チョッキを、やすやすと貫通している。スティーブンがかぶせた、まるいヘルメット。
「あら、今度は“僕”がお相手してくれるの?」
「レオナルド…… なにしてた! 君の役目は他にあるだろ!」
「ないっすよ、僕はこのブラッドブリードを見たことない」
「じゃあ早く逃げろ!」
 戯れなのか、ブラッドブリードの爪が再びレオナルドの右胸を突きさす。
「肺に穴があいたわよ。さぁ、早く私と戦って」
「やめろ……この子は戦えない! 見逃せ!」
 もう一度、右胸に二つ目の穴があく。そのまま針のような指が、ナイフのように片刃になる。このまま横にはらえば、体が真っ二つになると脅しているようだった。
「逃げるならとっととお逃げなさい」
 戦えない人間に興味はないのか、彼女は体を突き刺しはしても殺すような攻撃はしてこないでいる。たぶん、レオナルドが逃げる意思さえみせれば逃がしてくれるだろう。
「僕は逃げない」
「レオナルド!」
「うるさい! 僕は逃げない! 僕かあんたを選ぶのは嫌だ! 選択肢が2つしかないってんなら、2人で生きるか2人で死ぬかだ!」
 なんの力もなくて、刺された肩と胸が痛いだろう。それでもレオナルドはブラッドブリードを睨み続けている。
「選んだら、諦めることになる。僕はもう二度とあんたを諦めない」
 スティーブンは、膝だけでも立てようとした。幸いにも血は周りにたくさん飛び散っている。まだ攻撃できる。彼一人ならまだ逃せる。
 レオナルドは頑なになってるから、隙を作っても逃げないかもしれない。それでも一縷の望みはすてられなかった。
 エスメラルダを唱えようと口を開くと同時、足に激痛がはしる。
「がっ!」
「だめよ、無粋なことしないでミスター」
 両足を刺した彼女の指はみるみる凍っていくが、それも大したダメージにはなってないようだった。勢いよく抜かれた指はすぐに完治していく。
「ねぇ、2人で死ぬか、2人で生きるか。ほんとにそれでいいのね?」
「いい」
「そう、じゃああなたの決断に従いましょう」
 ずっと胸を刺していた指も回収して、彼女はあっさり体を人型に戻してしまった。指についた血を舐め取ると、すこし服が破けているが街中を歩いても違和感のない状態になる。
 スティーブンの体はぼろぼろだし簡単に殺せてしまうだろうに、彼女は美しく牙をしまった。
「あなたたちのお仲間もここに降りてきてる。出口はこのさき70mってとこよ。まぁ、ちょっと血が出すぎだけど大丈夫、たぶんね」
 信じられない光景だった。スティーブンは殺されかけたことは沢山あったが、途中でやめてくれる暗殺者には出会ったことがない。しかも彼女はブラッドブリードだ。
「私、初恋の男は人間だったわ」
「は?」
「だから人間って嫌いじゃないの」
 服の埃をはらって髪を手櫛でととのえて、美しく笑ってみせる。まるで映画のワンシーンを切り取ったように綺麗な女性だった。
「じゃあどうして戦うんですか」
「種族っていう理不尽に納得できないからよ。私もあなたみたいな選択がしたかったわ……2人で生きるか、2人で死ぬか。ロマンチックで素敵」
 そのまま身をひるがえして、ブロンドを揺らしながら去っていく。歌を歌いながら、ゆっくり散歩でもするように。ハッピーエンドなんてこんなものかしら、話しあいましょう、私がなにをしたの。そういう失恋の歌、なにかの映画できいた。
「レオナルド」
「スティーブンさん怪我は!? 大丈夫ですか? 痛いところは?」
「レオナルド、二度とこんなことをするな」
「……約束はできません」
 そうだろうな、予想通りの解答だ。どうしてこの子に惚れたか今ならわかる。
 レオナルドは劣化版クラウスだ。
 クラウスのように、お人好しで、頑固で、まじめで、一途。自分の理想を曲げたがらない。それでいて、レオナルドはクラウスよりも現実的だ。
 自分の理想を押し通すための力がない。2つのものを守る力がないから、どちらか片方を選ぶ選択肢で苦しんでばかりいる。挫折をくりかえして、弱い自分をいつも思い知っている。
 弱弱しく消えそうに光る彼の正義を彼が守れないから、スティーブンは時々消してしまう自分の光の代わりに彼の光を守ろうと思った。
「レオナルド」
「いやです」
「いいからききなさい、レーオナールド」
「なんすか」
「助かったよ、ありがとう」
「……最初っからそう言えばいいんですよ」
 気分が落ち着いてきたのか、喋って大丈夫か、と確認がはいる。正直喋るのをやめると寝ちまってもっとヤバいことになりそうだ。
「あとな、君の符牒がわかったよ」
「符牒って、あの、チェインさんがもとに戻るための目印的な奴のことっすか」
「それだ。君の場合はデータ通信かな。君の携帯と連絡をとると、相手のデータが復活する仕組みじゃないかと思う。世界も機械には弱かったんだなぁ」
「そんなお年寄りみたいな理由っすか」
「残念ながら、アナログの記録やみんなの記憶は戻ったりはしない。でも別のものなら戻ったぞ」
「え?」
「携帯の他に最近データ送ったのはなーんだ?」
「え? え!? は!?」
 面白いくらいに真っ赤になって、肩の傷から血が吹き出した。別に性的な写真はなかったが、関係を匂わす写真はやまほどあった。
「恋人のことは喋りません、ね。そりゃ本人前にしちゃ喋れないよなぁ」
「いや、あの、ちょ、ごかっ誤解! 違くて、それは! えーっと!」
「僕のこと二度と諦めないんだもんなぁ」
「そっ!! ……っれも言葉のアヤっていうか!! もうやだ何なんですか勘弁して!」
 いつのまにかレオナルドは正座で叱られる態度になっているのが可笑しい。慌てふためいた顔をみていると、別に彼の正義を守ってやりたいだけが理由じゃないかもという気持ちにさせられる。
 どれだけ深く落とす気だろう。
「いじめてるんじゃないから拗ねるなよ」
「嘘だ!」
「むしろ誉めてくれよ、俺はまた君に惚れたんだぜ」
 普段細められてる目まで開いて、レオナルドは呆然としている。
「……うそ」
「君にカードキーを渡したいんだけど、受け取ってもらえるか?」
 それで、家で2人で飲もう。テレビをみながらご飯を食べて、風呂に入って、ベッドにもぐる。そういうことがしたい。
「……は、い。はい。僕、スティーブンさんと恋人だったんです。ずっと、好きでした。今も好き、好きです」
「うん、なぁ怪我がなおったらキスしよう。それで、いろいろ聞かせてくれよ。たぶん過去の自分にやきもち妬いちまうけどさ」
 遠くから仲間たちの靴の音を聞きながら目を閉じる。




 瞼の裏で、歌を歌いながら去っていく美しい女性を思った。彼女の恋は種族なんて理由で叶わなかったのだ。
 また失恋のやつあたりに来たら、今度は一緒に飲んでもいいかもしれない。そうして愚痴をきいてやろう。
 ブラッドブリード相手に、そんな馬鹿なことを考えた。


<終>




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