前回のあらすじ。家政婦のヴィデッドが産休をとったから、スティーブンの家にはヒューマー型ルンバ、レオナルド君がやってきたよ!



 扉をあけて中に入ると、そのままスーツを肩から滑りおとした。ネクタイも抜いて、ズボンもベルトごと下におとす。シャツとパンツだけになって、げっそり、溜息を突いた。
 仕事の荒事はいつものことだったが、相手がわるかった。なにも生ごみをそこら中にまき散らすゴーレム相手に乱闘約1時間。頭からべたつく腐敗臭の何かを被って戦い続け、まだ明るい時間ではあったが戦闘要員は帰宅とあいなった。みんな臭かったから。
 多分車にも匂いが付いてしまっただろう。レオナルドに掃除してもらおう、持つべきものは人型ルンバである。
 人間の四肢と五指に勝る高性能はないといって、レオナルドは床だけでなく、棚の上、洗濯、食器洗い、小さな埃だまりを掃除できる。
 ルンバの彼は消費社会の終了と人間のパートナーを目指して、今絶賛人間らしさを学び中だ。ときどき嘘泣き(涙腺がないので涙の代わり)をしては、スティーブンの反応を窺っているようだった。間違えたタイミングで嘘泣きすれば、罰が悪そうな顔もするようになった。
「おーいレオナルド、いないのか?」
 靴を抜いて靴下も落とす。玄関先に全部まとめて裸足で進んでいくと、風呂場から水音がした。風呂の掃除をしてるらしかった。
 ひょっこり覗くと、まっぱだかになったレオナルドが一心に床のタイルを磨いている途中だった。
 ドアの音に反応したレオナルドは「おかえりなさい」と挨拶をする。
「ただいま。服、脱げるのか」
「着てたら濡れました」
 そりゃそうだ。それで濡れた服も掃除対象になって洗濯機に放り込んだのだろう。
「今更ながら、防水なんだな」
 頭の先からびしょぬれになっているレオナルドを横目に、スティーブンはぽいぽいとシャツもタンクトップもパンツも洗濯機に放り込んだ。玄関におきっぱなしの衣類はレオナルドが見つけ次第なんとかするだろう。
「車のシート後で頼むよ」
 レオナルドが掃除している横でスティーブンはきゅっとシャワーをひねる。ブラシでこすっていた泡が流されて、レオナルドは唇を尖らせた。スティーブンが教えていない動作は、どこで学んでくるのかもわからないのに増える一方だ。
 体の埃をおとしてバスチェアに座ると、うしろから髪の毛をガシリと掴まれた。
「ひょえっ」
 油断していただけに、ちょっと変な声がでた。
「レ、レオナルド?」
 レオナルドはスティーブンの頭を揉みながら、そのまま首を傾げて、シャンプーとカビ用洗剤の間で手を迷わせた。
「待て待て待て! 何する気だ!?」
「掃除です」
「俺の体をか!?」
 その間も彼はスティーブンの頭皮をまさぐり、首や肩を撫でては往復する。
「はい。今のスティーブンさんは、とても汚いので。汚れているものを綺麗にするのが僕の仕事です」
「自分でやる」
「僕の仕事です」
「……お前逆らうのか?」
 基本的にスティーブンの前で嘘泣きをして見せる以外は、主人に従順なロボットだったレオナルドが初めてみせる反抗だった。
「スティーブンさんの存在意義は世界を救うことです。僕の存在意義は綺麗にすることです。それが果たせないのは不幸せなことではないのですか?」
(だからどこでそんなこと学んでくるんだ!)
 スティーブンは折れてシャンプーを彼の手の前に押し出した。カビ用洗剤で洗われたら皮膚が溶ける。
 レオナルドはシャンプーを手に、スティーブンの髪を洗い始めた。最初はわしゃわしゃ力強く。一旦泡立たなかったシャンプーを流して、もう一度。
 一瞬弱い手つきなったとき、スティーブンの体からも強張りが抜けたのを見逃さなかったのだろう。やりながらレオナルドの手つきはどんどん優しく、マッサージをするように頭全体を揉んでいく。学習している。
 泡を流してもう一度。三度目はもううっとりするほど気持ちよかった。
 さっぱりした髪にレオナルドが鼻を寄せる。彼の低い鼻が髪をくすぐるためには、ときどき唇が触れる。
「まぁ、なんだ。ありがとう。綺麗になったよ」
 コンディショナーは“掃除”の分野じゃないだろう。自分で髪に撫でつけていると、無防備になったわき腹にレオナルドの手が滑り込む。
「ひょえ!」
 やっぱり変な声がでた。
 わしゃわしゃとスティーブンの体をまさぐって、石鹸を手に泡立て始める。
「体も洗うのか!?」
「汚いです」
 汚いけど!生ごみ被りまくって汚いけど!
 レオナルドは泡をたっぷりのせ、スティーブンのわきの下に手で触れる。
「お前まさか素手で!?」
「人間の四肢と五指にまさる高性能はありません」
「スポンジを使ってくれ!」
「人間の四肢と」
「あー! くそっ! こんなことはお前の仕事じゃないんだぞ!」
 怒鳴るように腕を払いのけると、レオナルドは両手の指先をまるめて目元にもっていく仕草をした。涙腺がないルンバが泣いてることをアピールする仕草だ。
 最近は手だけじゃなく表情もそれらしいものを作るようになってきた。
「……泣くなよ、ずるいぞ」
 レオナルドは動かない。こう着状態になって数秒、スティーブンはハンズアップした。口からは肺をしぼりきるような長い溜息がでる。
 こういう小狡さを本当にどこで学んでくるんだか。
「わかったよ、好きに掃除してくれ」
 弾けたように顔が笑顔になる。先ほどの嘘泣きの表情は名残も感じさせないから、まだ少し勉強不足だ。
 レオナルドはスティーブンの脇の下をとおり、腕から手首、指の間爪の間、全てを洗っていく。首や肩はマッサージしながら、泡がなくなったらまた泡立てて。
 体の上を這う人肌そっくりの感触にスティーブンは思わず遠い目になってしまう。
 するり、とそれが足を洗い、うやうやしく踵の傷をたどっていく。指をからませるように足を揉んで、最後に、まさかとは思っていたが股間にも手を伸ばされた。
 息を飲もうとするのを抑え込んで、スティーブンはそこを丁寧に揉みしだかれる感覚に耐えなければいけなかった。袋もその奥も全てに指を滑らされ、バスチェアと尻の間にもぐりこまれる。もういっそ泣きたい。
 全身の泡をシャワーで落としながら、横で風呂掃除を再開したレオナルドを見やる。
 勃たなくてよかった。心底そう思う。
 自分の股間を見ながら盛大に溜息を吐いたスティーブンに、レオナルドは首を傾げて爆弾を落とす。
「口でした方がよかったですか?」
「やめてくれ。それじゃ本当にソープじゃないか。お前は掃除ロボットだろ」
「ソープじゃないです」
 そうだろう、お前はルンバだ。スティーブンそう言う前に、レオナルドは少し頬を染めてだらしない笑顔を見せた。
「ソープじゃなくて、僕はスティーブンさんのパートナーです」
 それは初めて見る表情だった。びっくりして、スティーブンの心臓がひとつ高鳴った。


150822

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