その日HLではいつもの通り世にも珍しい珍事件が起こっていた。色のついた霧が、人の形をとって喋るというものである。
 被害はいっさい出ていないから、ライブラとしては出動の必要なし、そういう方向だった。が、それに意をとなえるものもいた。
 ライブラのメンバーではない。史上最悪の愉快犯、堕落王フェムトである。
 突然でかいタコにのって空からふってきたかと思うと、レオナルドをかっさらっていった。
「君の目をかしたまえ!」
 あっけにとられたザップと慌てるツェッドの顔がどんどん遠くになっていく。空飛ぶタコに強制的に同乗させて、フェムトはレオナルドを色づいた霧の現場につれていった。
 タコの上で、フェムトはレオナルドに原因を追及しろと上から目線でのたまった。
「私はアナコンダは好きでも貞子はきらいなのだよ!」
「は?」
「パニック映画けっこう!怪物ならば存分に楽しむが、幽霊はいかん。ホラーは滅しろ!ということでこの事件の原因を義眼でさっさと解決したまえ少年」
 なぜレオナルドを指名したのか、とちらりと思ったが、そういえばフェムトはモルツォグァッツァで最初から『君は特別な眼をしている』と言っていた。バレてないと思っていたのに、じつは最初からお見通しだったようだ。
 降りれば死ぬタコの上で、必死になってレオナルドは幻覚の発生源の怪物を特定して、フェムトがさっさと片付ける。原因がオカルトでなかったとわかったとたんにフェムトは強気だった。
「まったく、これだからHLは楽しくてたまらん」
「びびりまくってたじゃないすか」
「相手が怪物なら大歓迎。この町はまったくミストのようなところだよ」
「ミスト?」
「霧の向こうから異界の化け物がやってくるパニック映画だ。後味の悪いところもいい」
 パニック映画のような街、たしかにそうだろう。後味が悪いかどうかは置いておいて。
 フェムトにタコから放り投げられた後に、レオナルドは思う
「ミスト、ね。僕にとってはアダムスファミリーみたいなもんだけど」
 ダダダダン、ダダダダン、低い音程からはじまるちょっとおどけた感じの音楽。ちょっといびつで、おかしくて、楽しい家族。そう、ライブラはきっとレオナルドにとって怪物ばかりのアダムスファミリーだ。



 ひとまずライブラまで戻ろう、と思っていたところで横から声がかかった。
「少年」
「スティーブンさん」
「無事か。フェムトに攫われたときいていたが」
「今解放されました。それと、義眼がばれちゃってたみたいです」
「それはいけない」
 こっちへおいで、と連れて行かれるままにレオナルドはついていく。ごちゃごちゃした道を通り、電車にのり、複雑な手順でビル群につれていかれる。
「ここは?」
「銀行だよ」
 窓口でひとことふたこと話したスティーブンは奥の部屋で更に手続きをすます。なんだかめんどくさい手続きをしているようだったが、正直内容はわからなかった。
「レオナルド、おいで」
 こういう一面を見せられるのはめずらしいことだった。難しい内容はレオナルドには扱えないし、あまりスティーブンは自分の仕事を他人に触らせたがらない。
 地下につれていかれ、何重かのロックと鉄格子をくぐりぬけ、長い廊下に等間隔に並んだドアの1つの前に立たされる。
 鍵をあけると、背中に手を添えて中にいれられる。電気をつけなければ何も見えない。
「なんですか?」
「世界一とは言わないが、堅牢な貸金庫だ。君にはしばらくここに隠れていて欲しいんだ」
「は!?」
「あまり理解してないようだが、義眼というのは使おうと思えばいくらでも悪用ができる。特に、君自身の人格を考慮しなければ、ね。フェムトがいつまたやってくるともわからない」
 君を失うわけにはいかない、そういってスティーブンはレオナルドを残して、外から扉をしめてしまった。


 あまり危機感はなかった。暗闇は義眼にとって意味のないもので、その気になれば近い場所にいる誰かの目をかりて外の光景も見ることができた。なにより、スティーブンの理性的な部分を、レオナルドは尊敬していた。意味のないことは絶対にやらない人だと。
 スティーブンは日に1度、2時間だけレオナルドを外にだして彼自身のマンションにつれていってくれた。トイレと食事、入浴もそのときに済ませる。最初は我慢できず金庫のなかで粗相をすることもあったが、スティーブンは自分のせいだからと嫌な顔ひとつせずにそれらを始末した。
 耐えられたのは最初の二日だけだった。
 スティーブンのマンションにいくたびに、もう大丈夫なのではないか、フェムトは諦めたはずだ、そう懇願したが、聞く耳はもたれなかった。
 日付の感覚は早々になくなり、繰り返すうちに金庫のなかで粗相をすることもなくなった。
「お願い、スティーブンさん。いやだ。あそこには戻りたくない」
「レオナルド、大丈夫。あそこにいれば怖いことなんてない。僕が守ってあげる」
 そんなことを何度もくりかえした。あらん限りの力で抵抗してもスティーブンにはかなわない。義眼をつかったこともあったけれど、どんなに隙をつくろうがスティーブンは自分の目に異変を感じるとレオナルドの腕を掴んで離さず、物理的な拘束を逃れられることはなかった。
「いやだ、あそこには戻りたくない! 金庫はいや、金庫はいや! おねがいここにいさせて!! スティーブンさんの部屋にいたい!!」
「そう? そうなの? 僕の部屋にいたいのなら、しょうがないね」
 監禁場所はそうしてスティーブンの部屋に変わった。外は危険だからでてはいけないと、スティーブンはレオナルドを裸にして両足に足かせをつけたが、おおよそ人間らしい生活に近づいた。
 トイレは好きなときにいける。食事も一日三回に増えた。テレビや本といった娯楽も与えられた。暗い部屋でじっといつくるかわからないスティーブンを待つよりはずっとマシな生活だった。



 スティーブンはレオナルドが玄関に近づくのを極端に嫌がった。それ以外にも、スティーブンが差し出したものを拒んだり、スティーブン自身を嫌がったときには、いい顔はしなかった。
「スティーブンさん、あの、服を着させてください」
「レオナルド、外には出ないんだからいらないだろ?」
「でも、あの、恥ずかしいです」
「恥ずかしい?僕しかいないのに?」
「そりゃ、そうですよ」
「そう、僕にみられたくないの」
 悪い子だね、そう笑う顔に真っ青になる。
 スティーブンは些細なことでも機嫌を損ねた。
 そういうとき、彼は裸のレオナルドをベッドに手足を拘束して身動き一つできないようにすると、レオナルドの体に針を刺していった。スティーブンの体にあるのとまったく同じ刺青を彫り込んでいく。場所によっては痛くて叫び出すこともあったけど、途中でどんなに泣いて謝っても許してくれることはなかった。
 レオナルドはとにかくスティーブンの機嫌をとるために全神経をつかった。少しでも逆らったり失敗するとスティーブンはレオナルドに刺青をいれた。
 刺青が嫌でレオナルドはスティーブンの言うことを何でも聞いた。裸のまますごし、玄関には近づかず、ときおりスティーブンの手ずから差し出すものを、彼の指ごと口に入れて、しゃぶった。
 刺青が嫌で彼に嫌われないようにしていたのに、そのうち彼に嫌われないように刺青を我慢するようになった。自分自身の変化にレオナルドは気づかない。ただスティーブンに諾々と従う。

 完成間近になった刺青を手でなぞり、スティーブンは満足そうに笑う。
「あと少しだね、レオナルド」
「はいスティーブンさん」
「もうすぐお揃いだ、嬉しい?」
「嬉しいです」
「そうだね、僕たち家族だもの」
「……家族」
 尋ねることはしなかったけれど、レオナルドは家族と言う言葉が、自分のどこかにひっかかった気がした。
 遠い昔、彼らとはファミリーだと自分でも言っていた気がする。ちょっといびつで、おかしくて、楽しい家族。
(彼ら……?)
 スティーブン以外の顔が、闇の底からぼんやり浮かびそうになる。
「レオナルド、舌をだして」
 口の中にスティーブンのキスを招き入れたレオナルドは、自分の思考をまた底に沈める。

 ダダダダン、ダダダダン、低い音程からはじまるちょっとおどけた感じの音楽がどこか遠くで聞こえた気がした。
「僕は幸せだ、君もだろう」
 レオナルドは頷く。スティーブンの言葉は間違っていないから。


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