結婚式をしよう、とスティーブンが言い出した時、レオナルドは正直眠くてたまらなかった。スティーブン家のベッドは体が沈むほど柔らかく、それでいてわずかに弾力がある。その気持ちいいベッドで、気持ちよくセックスをした後、気持ちよくまどろんでいたところだった。そこにわけのわからないことを言われて、レオナルドの機嫌は大暴落だ。眉間にも鼻にも皺を寄せて犬のように唸った。
「明日の予定わかってて言ってます?」
「結婚するなら、やっぱりサムシングフォーがいるな」
 サムシングフォーとは、「なにか古いもの」「なに か新しいもの」「なにか借りたもの」「なにか青いもの」の4つを花嫁が身につけると幸せになるというあれだ。ミシェーラも結婚式で四つのものを身に着けた。トビーの家に代々受け継がれた古い真珠のイヤリング、真っ白な新しい靴、トビーのお母さんからウェディングドレスを借りて、青い花の髪飾りをした。
 四つ全てをそろえるのに、ウォッチ家族はけっこう頭をひねらせた。
 それなのにスティーブンは気軽に四つを探し始める。
「うちにいいのがあるかな」
 そう言って呑気に部屋の中をあさり始めた。スティーブンはすぐにクローゼットの中からいつもの青いシャツを取り出してきた。
「青はこれでいいよな」
 確かに青いがお手軽に決めすぎだとも思う。
 呆れた様子のレオナルドに気づきもしないのか、残り三つを探すためにうきうきと足取り軽く寝室をでていく。その背中を見送って、どこかでがさごそと家探しをする音を聞きながら、レオナルドは一つため息をついてベッドを後にした。明日の予定を頭に浮かべて、道中寝ればいいかと思い直して、今日くらい我儘に付き合ってやることにした。
 キッチンにいけば、冷蔵庫のなかをのぞきこんで、野菜とにらめっこしてるスティーブンがいた。
「いくら新鮮でもそれは新しいものではないっすね」
「うーんだめかぁ」
 冷蔵庫に未練のなさそうなスティーブンは、今度はキッチン下をあさりはじめる。フライパンを真剣な顔で眺めている横顔を、レオナルドはソファでぼんやりと眺めた。キッチンにないと判断したのか、スティーブンは部屋を移動する。
「レオー! 一緒に探してくれ」
「はーい、今行きます!」
 風呂場をのぞいて、トイレも覗いた。見慣れた場所をざっと見つめ直すが、新しいものも古いものも、まして借りたものなんて見当たらない。一緒に家の中をぐるぐるとまわっているときに、廊下の壁のちょっと窪んだ所が目に入った。レオナルドがずっこけて石頭で凹ませたあとだ。頭をぶつけた程度の凹みだから、光の加減に注意しなければわからない。たぶんスティーブンは気づいてないだろう。
 言っておこうと口を開きかけて、やっぱりやめた。わざわざ変な思い出を増やすことはない。
 家中レオナルドを連れまわしたスティーブンは、結局リビングに戻ってきて、サイドボードからグラスとウィスキーを取り出した。
「これがあったんだった」
 レオナルドの故郷では飲酒は16からできて、実家では何度か酒を口にしている。しかしHLが存在するアメリカで、飲酒は21からと決まっている。無法地帯ともいえるHLで、スティーブンはその法律をレオナルドに守らせた。その代り、21になったときに最初に飲む相手はスティーブンであること――そういう約束で買ったグラスだった。そして、たとえレオナルドが21になったとしても誰にも飲ませないと言って大事にしていた30年もののウィスキーだった。
 それを躊躇なくあけて、注いでしまう。
「新しいものと、古いものだ」
「……僕まだ20ですよ」
 約束の年齢には届いていない。
「うん、もうちょっとだったのにな。さぁ、あとは借りたものだけど」
 さすがにそれは家の中にはない。ネットでビデオでも借りようか、という提案は、それをどう身に着けるのかといって却下された。
「仕方ないですね」
「でも、レオ」
 何か言いかけた男を押しとどめて、レオナルドは青いシャツをTシャツの上に羽織る。グラスの酒を煽って、故郷を出て以来のアルコールに喉がやけた。それから、恋人の胸倉をつかむと乱暴に引き寄せる。
 身長差から、背伸びして舌をのばしても、スティーブンの唇をなでるのがせいぜいだ。すぐに食らいついてきた恋人に、少し深いキスをされて、かき乱される。それに少し悔しい気もしたが、レオナルドは勝気にわらった。
「これでいーでしょ、あんたのキスは僕が借ります」
「キスを貸りるって」
「だから、僕がいない間誰かにキスすんのはダメですよ。僕が借りてんですから」
 意図を組んだスティーブンは一つ頷いて、指輪をもってきた。
「それじゃあレオナルド、サムシングフォーはそろった。結婚式をしよう」
 片方はバスローブ、片方はTシャツの上にカッターシャツ。おまけに場所は居間のソファ。へんてこな結婚式の幕開けだった。

 ▽

 病めるときも、健やかなるときも。牧師の言葉をそらんじたスティーブンがレオナルドの目をのぞき込む。瞼があがったそこには、もう神々の義眼はなく、ミシェーラと同じサファイアブルーの瞳があった。
 目的を果たしたレオナルドは、明日HLを立つことになっている。ライブラの記憶をそっくり消して、故郷へ帰って記者を目指す。
「……どんな時も僕を愛すると誓うかレオナルド」
「誓います」
 指輪は左手ではなく、鎖を通してレオナルドの首にかけられた。HLの多くを置いていかなければいけないレオナルドだが、ライブラに関係ない私物は故郷に持って帰ることができる。指輪は――とてもプライベートな私物だ。
「指輪は君の左手の薬指か、右手の中指のサイズだから」
「謎解きってわけですね。僕、びっくりするだろうな」
 記憶がないのに、意味深な指輪をもっているのだ。さぞ慌てふためくだろう。自分の未来を思い浮かべて、穏やかに喉を震わせるレオナルドの頬を、スティーブンは優しく撫でた。レオナルドと対照的に、その顔は眉をさげて唇を引きむすんでいる。
「こんな勝算のない賭けは初めてだ」
「大丈夫ですよ」
 根拠のない自信をかかげて、胸を張る。表情の硬いスティーブンに抱き着いて、レオナルドはフフフと吐息で笑った。
「まいったなぁ。あんたを愛するつもりなんてなかったのに」
「え!?」
「これっぽっちも! なかったですよ! デケーし怖えーし男だし!」
 慌てふためくスティーブンに、レオナルドはついには大声で笑い転げた。職場の鬼上司で、自分より20pもデカい男を、かわいいと思う日がくるなんて、誰が予想できるものか。
「でも、今じゃ何遍だってあんたに惚れる気がしてます」
 指輪の謎に気づいたレオナルドはきっと大慌てでHLに戻ってくるだろう。まさか自分のかわいい恋人(予想)がこんな三十路のおっさんだなんて思ってもいない。
 記憶がないレオナルドは、恋人と名乗ったスティーブンから盛大に逃げ回るにきまってる。
 でもスティーブンはきっと追いかけてくれる。もしかしたらレオナルドに拒絶されて涙目になる日がくるかもしれないけど、きっとめげずに猛アタックしてくれる。
 恋人になるのは案外早いかもしれない。
「いってきます。浮気すんなよ」
「君もな。童貞のままでいろよ」
 それから時計をみて、二人で大慌てでベッドにダイブした。
 レオナルドの記憶は、朝の六時に消される予定だ。


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