小さな記事だった。地元の写真部の高校生が、絶滅したと思われていた渡り鳥を撮影した。高校生本人はそんな鳥だとは知らなかったようで、「先生に教えられて驚きました」とコメントした。たまたまカメラに納められた鳥は、鳥に詳しい人たちの世界でそれなりの波紋をよんで、全国紙でも片隅で紹介された。
 新聞社のプレートを首からぶら下げて、僕は高校生のコメントをとったノートを鞄に入れてお礼をいった。
「じゃあ明日の夕刊、事件でも起こらなきゃ見出しになると思うよ」
「あ、はい」
 ようやく緊張から解放されている高校生には手を振って別れを告げる。
 顧問の先生に終わった旨を伝えにいって終わり。会社に戻って記事を作る。
 写真部の部室を訪れると、先生は席をはずしてるようだった。
 中に入り、カーテンを閉める。暗室は隣の部屋らしかったが、なんとなく、写真部というところは薄暗く保ってないと落ち着かない。
 僕も高校では写真部だった。暗室なんてなくて、部室そのものを、窓やドアを暗幕で覆って暗室にしていた。
「あぁ、終わったの?」
 部室に入ってきた先生の声を、僕は拳を握りしめて受け止めた。
「お久しぶりです、スターフェイズ先生」
「久しぶりだな、レオナルド」
 スターフェイズ先生は僕が高校生だったとき、写真部で顧問をしていた先生だ。テニス部と掛け持ちをしていて、文化部で実績も活動もほとんどない写真部には、週に一度くらいの頻度で顔を覗かせるだけだった。
 僕に後輩はできなかったから、写真部は僕で廃部した。僕もスターフェイズ先生も、部員を増やそうとしなかったのだから当然だ。
 僕たち写真部は秘密の関係のようなものだった。
 だから、スターフェイズ先生がこの高校でまた写真部をもっていることが不思議だった。
「レオナルド、この後は? あいてる?」
「……あいてますよ」
 会社に戻って記事を作る仕事を飲み込んで僕は答えた。
「ご飯をどうかな?」
「ぜひ」
「よし。駐車場でまっててくれ。あ、車か?」
「電車できました」
 スターフェイズ先生は満足げに頷いて、部室を施錠すると荷物をまとめに一旦職員室に戻っていった。
 僕は先に駐車場へおりる。ずらりと並んだ車かららスターフェイズ先生の車を見つけるのは難しかった。僕は先生の車を知らない。
 所在なく突っ立っていたら、遅れて先生がやってきた。後部座席に座ろうとしたら、助手席を進められた。
「何を食べに行くんです?」
「なんだったかな。ローストビーフ、クルトン入りのサラダ、パスタと、パエリア。えーっとあとなんだっけ」
「……なんのお店なんですか?」
「何の店、か。そうだな、スペイン料理がメインで、ローストビーフ以外はわりと大味。夜景はきれいで、美味しいワインがある」
 もって回った言い方に首をかしげながら窓の外に目を向ける。流れていく景色は店の集まる街の中心ではなく、住宅街へ向かっていく。
 隠れ家的な店なんだろうか。スターフェイズ先生なら、有名店よりもそういうお店のほうがお洒落で似合っている。
 僕の頭には、ひとつの小さな予感があって、それをずっと見ないふりをしてた。
 けれど些細な願いを打ち消すように、車はマンションの駐車場におりていく。そうして、先生にひとつの部屋の前までつれてこられた。
「ようこそ、お客様1号。スターフェイズ店へ」
 招かれるように開かれたドアの向こうは、暗くて見えない。
 足を止めた僕に気づいたのか、先生は腕を伸ばして玄関の電気を付ける。
「どうぞ?」
 先生の言葉は僕にとっては魔法の呪文だ、抗えなかった。糸で操られたように部屋に足を踏み入れる。
 僕の後ろで鍵を閉める音がした。なんだかそれだけで取り返しのつかない事になってしまった錯覚をする。考えすぎだ、家に入れば鍵を閉める。
 料理は、スターフェイズ先生と料理教室の先生が作ったらしい。昨日中止になったホームパーティーの残りらしく、どれも凝っていて美味しい。
 お互いの近況や、当時のことをとりとめなく思い付いた順に話していく。
「先生、覚えてらっしゃったんですね。僕のこと」
「たった一人の部員を忘れたりはしないよ」
 当然のように落とされた言葉に、思わずナイフとフォークを置いた。
 秘密の関係のような、写真部。
 たった一人の部員と先生、その部活で行われていたことをまざまざと体が思い出しはじめた。あさましくって自嘲してしまう。
「違うんじゃないですか?」
 スターフェイズ先生が僕を覚えていたのは、写真部の部員が僕だけだったからでも、後輩のいなかった僕を最後にその写真部が廃部になったからでもない。
「僕は先生のお気に入りでした……非常識なくらい」
 窓とドアを暗幕で塞ぎ、ドアには内側から鍵がかかる部屋だった。簡単に暗い密室になるその部室で、僕はスターフェイズ先生の“お気にいり”になった。
「君はおかしなことをいう」
 スターフェイズ先生が手元を置いて微笑んだ。首をかしげる様子が嫌なくらいに様になっている。
 先生は立ち上がって窓際にいくと、自慢の夜景をカーテンで遮った。それだけで体が準備を始める。彼がカーテンをしめるのは僕には“はじまりの合図”だ。
 先生が明かりを一段だけ落とす。
「レオナルド」
 彼に呼ばれる名前ひとつで、僕はまた非常識を繰り返すのだ。





「どう考えても非常識なのは君だ」
 先生は裸になって床に膝をついた僕の周りを、尋問官のように足音をたてて歩いた。
 小さな機械音に写真が撮られたとわかる。
「僕は君に指一本触れてない。……あぁ縛っちゃったのはダメかな。でも他になにもしてないよ。君は写真を消せとも、言わなかった」
 今度は前から写真が撮られる。
 先生の言うとおり、服を、下着まで全てを僕は自主的に脱いだ。勝手に裸になって、先生に縛られた姿を、写真を撮られて興奮してる。隠すことのできない体は、熱を灯して淫らになってる。
「足を開いて。少し胸をはりなさい」
「ふぁ」
 言われるままに膝を広げて、上体を反らして、見せつけてねだるような姿勢をまた写真に撮られる。指一本も触れられないまま、部室でもこの部屋でも、ファインダーに覗かれるだけで僕の体は簡単にはしたない雫をこぼした。
「あっ……せ、せんせい……」
「ねえレオナルド」
 スターフェイズ先生は僕の耳元に唇を寄せた。
「自由に選びなさい」
「あっ」
 どうしようもない感覚が身体中を暴れまわる。先生は魔法の呪文を喋り、麻薬のような声でうたう。
「君はもう、僕の生徒ではないのだから」
 僕はまた、雫をこぼした。
 正解を、最初から知っていたから。


20151206

健全ではないけれど、全年齢ったら全年齢。
あとハートマークが反映されなくて泣く泣く削除しました……
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