レオナルドは時々変わったバイトをしている。
 基本的にはピザの配達とマーケットのレジ打ちでいっぱいいっぱい働いているが、まれに、過密スケジュールに針をさしたような時間で、1日だけ別の仕事をしていることがある。異界産キノコの実食だとか(危ないのでやめさせた)、キノコを実食する専門家の側で専門家が倒れたら救急車を呼ぶ係りとか(やめさせる口実が思いつかないどうしよう)、陰毛のカツラのモデルだとか(見せたのかと聞いたら、いいお金になりました! と言われた。理解できない)とか、そんな仕事があるのかと疑うようなことをしていたりする。
 珍しい仕事というのはほとんどが単発1日限り、日当が高い。
 レオナルドはお金に困るとどこかからそういう仕事を探してくる。
 そのなかで奇跡的にまともなのは、フリーライターの仕事だった。スティーブンは時々レオナルドが記者志望だったことを忘れるが、早いピッチでキーボードをブラインドタッチする姿は、まさに物書きの姿だった。
「事務所で書いてるなんて珍しいな」
 普段はパソコンなんてさわってるとザップがここぞとばかりに邪魔してくる。以前、君も大変だな、と言えばレオナルドは「ホント困りますよ。猫みたいっすよねー」で片付けてしまった。あれが猫なら飼い主は誰なんだろうか。
「それはなんの記事だい?」
「カーペットの特集っす」
 ソファを回り込むと、レオナルドの足元にはランチョンマットくらいのカーペットが敷いてある。コンセントが繋がっていて、レオナルドはそのうえに靴を脱いで足をのせていた。
 お試しに小さいサイズをもらったようだった。
「ホットカーペットって言うらしいですよ。スティーブンさんも体験してみます?」
 興味を引かれて手をつけば、仄かに暖かい。
「なにしてんすか、違いますよ」
「え?……おいおいまさか」
「手乗っけてどうするんですか。足っすよ、足」
「えええ勘弁してくれよ」
 難色を示すと、レオナルドはムッと口を尖らせて腕をスティーブンの靴へと伸ばした。その手が靴紐を握って引っ張った瞬間、スティーブンは咄嗟に叫んだ。
「レオ!」
 パキン、と割れるような音がして、レオナルドは火傷でもしたように手をはねのけた。真逆だ。彼の手は湯気ではなく、冷気の煙をあげている。
 スティーブンが血凍道で、靴をさわる者を反射的に排除しようとしたためだった。
「…………悪い」
「いえ、僕こそ無礼でしたね」
 レオナルドは凍りかけた手をさすって笑うが、気まずい空気が流れてしまう。
 血凍道は使い手でさえ、足を厚い靴底でカバーし、術式で体を守らないといけないような血法だ。反射的な軽い発動だったといっても痛かったろう。
 意を決してスティーブンは靴を脱いだ。目を丸くしてるレオナルドを端につめさせて隣に座ると、小さなカーペットに一緒に足をのせる。
 そうすると暖かさがじわじわと靴下から伝わってきて、体に溶け込んでいくようだった。
「足の裏が暖かいってのは、なんだか不思議な気分だな」
「良ければとどーんとでかいのを家にどうっすか!?」
「いや別に」
「どうっすか!?」
「食いつくなぁ」
 聞けば、売れ行き次第ではボーナスも出るのだと言う。
 以前から思ってたことだが、お金に困るなら活動資金を打診している額で受け取ってほしい。
「スティーブンさんち広いでしょ? カーペットとか似合うと思うなぁ〜。最近じゃ家のなかはスリッパ派の人も増えましたし」
「でも、僕んちはちょっとなぁ。靴を脱ぐってのはまずい」
 靴はスティーブンの生命線だ。利点は常時身に付けていて不自然にならない点である。それを脱いでしまっては意味がない。
 スティーブンは横に避けていた靴をはいてカーペットから離れた。
 まずい、の意味を正確に読み取ったレオナルドが、よくわからないというように首を傾げる。
「家の中っすよ」
「あー、だから、いちいち面倒ってことだ」
「…………そんなんだから水虫になるんですよ?」
「なってないぞ!?」
 書類机に戻るスティーブンに、レオナルドもまたキーボードに両手を戻す。小さくため息に混ぜた呟きが聞こえた。
「家なのになぁ」



 *



 ホットカーペットの話題が出たのは、4日前の話だ。
 午前中に別件を片付けて事務所にやってきたスティーブンは、テイクアウトのコーヒーを落としそうになって慌てて掴みなおした。
「ええと、それはなんだい? クラウス?」
 いつも皆が集っている中央のソファは撤去されて、机に布団がくっついている。よく見れば天板と足の間に挟まっているようだった。ふらりと近寄って、床にも布団が敷いてあるのに気づいて踏みかけた足をあげる。
 クラウスは足を布団にいれ、ポケットゲームをしていた。画面はプロスフェアー、この前からクラウスが興奮していた、異界人が開発に関わったという新作ゲームソフトだろう。
 机の上にはその他にも、お菓子、雑誌、パソコン、思い思いの私物が持ち寄られて雑多に散らかっている。
「こたつ、というらしい」
「なんだってまたこんな……レオナルドだな」
「うむ、仕事で体験記を書くのだそうだ」
 頭の痛くなるような話だった。クラウスまで巻き込んで、ライブラの中身を改造してしまうなんて。本人にその気もないだろうが、こんな楽天的な改革があるもんか。
 給湯室からカップを二つ持ったレオナルドがでてきて、スティーブンをみつける。
「おはざーす」
 そのカップは、もちろんこたつで飲むものだろう。餌を運び込むハムスターのように、どんどん巣が完成していってる。
 そっと背を向けて離れようとしたスティーブンの気持ちは、残念ながら二人には通じなかった。いや、正確にはカーペットのことがあったレオナルドにはわかっていただろうが、知らない振りをされた。
「スティーブンさんも入ってみます?」
「いや僕は仕事もあるし」
「ぜひ入りたまえスティーブン。仕事も持ってくればいい。今場所を開けよう」
 クラウスにそういって手際よく机を片付けられてしまって、スティーブンの笑顔がひきつった。レオナルドは、くすっと小さく笑ったらすぐに顔をうつむけた。
 肩が震えている。
「勘弁してくれよ〜」
 そう言ってみたが、どうも分が悪い。にこにこと花をとばすクラウスを無下にすることはスティーブンにはとんでもない苦行だ。とことん、弱味を握られている。もちろんクラウスにではなくて、クラウスを抱き込んでしまっているレオナルドの方にだ。
 困っている間にも退路はたたれ、炬燵には一人分どころか、スティーブンの大量の書類が持ち込めるだけのスペースを開けられてしまった。
「あー、あーぁ、もうしょうがないなぁ」
 机からどっさりこれみよがしの量を持ってきて一度床に置くと、靴紐を解いて布団にあがりこんだ。靴はわきにそろえて、足をいささか乱暴にこたつに突っ込む。この前のホットカーペットと違い、中の空気が暖かく下半身を包んでくる。
 入ってみて、ほほう、と文句が引っ込んだ。なかなか、これは悪くないかもしれない。
正面でレオナルドがまたクククと笑った。なんだか面白くなくて伸ばしていた足があぐらを組む。

 書類をいくらかさばいたあと、ザップがやって来た。様変わりした事務所に面食らうかと思ったが、そんなものに驚くよりも先にザップは目の色を変えて高く跳躍した。
「今日はビックチャンスだぜ〜〜!! 旦那ァ覚悟ォォオオオ!!」
「むっ」
「こら! ザップ!」
 下半身を机の下に入れているせいでクラウスの初動がわずか制限され出遅れる。スティーブンも例外ではなく、それどころか靴は脱いでしまっている。
「ザップ先輩、はざまーす」
「うおおおおおおおお!!??」
 レオナルドの挨拶と同時に、ザップが空中ででんぐりかえってキレイに5回転しながらクラウスの上を通りすぎてデスクに激突した。
「おま! レオ! 先輩にシャッフルしやがって!」
「クラウスさんに飛びかかった奴の台詞じゃねーよ! あんたなんかこたつに入れてやんねーかんな!」
「はぁあ!? 上等だこのやろう! べべべ別に羨ましくねねねねーし。つかお前最近ほんと義眼の出し惜しみしねーよな!」
「正しいことに使うんならいーんすよ!」
「てめぇ俺に使ったどこが正しいんだよ!」
「キリねーですけど言っちゃいましょうか!? 全部言っちゃいますよ!?」
 するする出てくる悪口の応酬が騒がしくて、スティーブンは呆れ果てる。クラウスはザップの攻撃もなかったように、マイペースにゲームに集中しなおした。
 終わりそうにないじゃれあいの喧嘩を止めるためスティーブンは両手を口の横にかまえてメガホンをつくる。
「わーこたつって暖かいな〜〜。ザップが入れば4面埋まってもっと暖かいだろうな〜〜。いやー残念だなぁザップは入ってくれないのか〜〜。残念だけど、ツェッドを待たないとな〜〜」
 分かりやすく耳を動かしたザップが、忍者のような素早い身のこなしでこたつに潜り込んだ。足を入れて吟味したあと、狭っ苦しいのに肩まで入ってすよすよと寝る体制になる。
 数分もすれば動かなくなって、本当に寝たらしい。ザップは猫のよう、という評価にも今なら頷ける。
 レオナルドもその様子を見ながらきっぱりと一言言い切った。
「おみごと」
 もしかしてザップの飼い主は自分なのだろうかと首を傾げるはめになったが、ひとまずは肩をすくませる。
「ここまでは狙ってなかったよ」
 気持ち良さそうに寝るザップを見ながら、スティーブンもあくびをした。昨日あまり寝ていないし、足ばかり暖かいからか頭の方が血が少なくなってる。
 手にしてた書類は諦めてなげ、頬を机に乗せてしまった。
「はぁぁああ、すごいなぁ。外に出れなくなる」
「これでお菓子食べながらゲームしたりテレビ見たりがサイコーなんすよ」
「恐ろしいものを作り出すなジャパンは。カーペットもこたつもジャパン製品だろ? 靴脱ぐし」
「そうっす」
「まぁジャパンってだけで一定数は売れるだろうな」
「えーそれは楽観視しすぎでしょう」
「フランス料理ってだけでうまそう高そうって思うのと同じさ。ジャパン特集かなんかか?」
「日本の商品集めた通販雑誌です」
「まわりもジャパンかー。熾烈な戦いなわけだ。負けるなよ」
「うーっす」
 クラウスのゲーム操作音と、レオナルドのキーボードを叩く音かタタタタと軽く小さく聞こえる。警報もならない、堕落王のパーティーもない。
 いいなぁ、と思うとまたあくびが出た。しかし事務所でザップのように能天気に寝るわけにもいかない。
 心地よさと戦って、眉がよっていく。机につけている部分を頬から額、顎と変えていくが、そもそも顔を起こす気になれない。
「スティーブンさんっていつまで戦う気でいます?」
「うーん? なんだそれ」
「だってずっとなんて無理でしょ? 六十とか七十とか、ヨボヨボになっちゃったら戦えませんよ」
「んー、そうだなー。血凍道にはあまり関係ないんじゃないか? もともと武術じゃないんだよ。僕は型破りなの」
 本来はステップひとつで発動させる血法だ。歩く動作ひとつで警戒もさせず攻撃に転じる。
 もちろん年老いて前線に立ち続けることは難しいだろうが、足が動けば援護はできる。
「いつまでってなぁ」
 そもそもそこまで生きてるのかすら定かではない。突然ある日ポックリ殺されそうだ。
「ほどほどの所でおとなしく引退してくださいよ」
「ええ? 上司イジメ?」
「ちがいますけど、スティーブンさんは引退したら日本に住んでください」
「ジャパン贔屓だね、難しいと思うよそれは」
 ちいさな島国では靴を脱がなければいけない。そんな生活、スティーブンには遠い夢のようだ。
 耳を机につけると、机のモーター音と、レオナルドの指の音がする。
 ずるずるとザップのように布団のなかに潜り込むと、足が誰かとぶつかった。
「警報がなったら起こしますね」
「うん、頼む」
 スティーブンは、いいなぁと思った。このまま寝ると、ヘルサレムズ・ロットなんて、すっかり忘れてしまいそうだ。







 ライブラに設置したこたつは、残念ながら撤去されることとなった。
 こたつで寝たザップとスティーブンが揃って風邪をひいた。お菓子やゲームが持ち寄られて巣となったそこが、おおよそ仕事場らしくなかったというのも理由のひとつだ。
 靴を脱がないといけないので、一度入った人間がなかなか出なくなるのも問題だった。
 レオナルドは無事に臨時収入を得て、今はまたピザ屋とマーケットだけで働いている。
 こたつはレオナルドの家にうつされ、小さなホットカーペットは事務所のスティーブンの机の下に入れられた。
 クラウスとK・Kがいる日は、スティーブンが靴を脱いで足を暖めていたりする。それで時々動けなく手困ったように、レオナルドに資料の運搬やコーヒーのおかわりを頼んでくる。
 今度レオナルドはチェインとスリッパをプレゼントする予定だ。



20151201


ホットカーペットでリクエストでした〜。いちゃラブには程遠かった。


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