レオナルドにはライブラの皆に言ってないことが一つある。べつに秘密にするつもりだったわけでもなく、重く苦しい事情があったわけでもなく、ただ皆の間違いを指摘する機会というのを一度逃してしまっただけで、そうなると後はもう坂道を転がり落ちるどんぐりのように一直線、隠し事ができあがってしまったのである。
 お池にはまってさぁ大変。

 あえて理由を探すなら、レオナルドを男に間違えたクラウスが悪いのだと思ったりもするが、彼を責めるのはいささか忍びないので余り深く考えないようにしている。
 間違った点で言えば、全員が全員初対面の際にレオナルドの性別を勘違いしたのだけど、定着してしまったのは真っ先にクラウスがレオナルドのことを「レオナルド」と呼んだからであったと思う。最初、レオナルドはライブラのメンバーに自分の名前を「レオナルデ」と自己紹介している。ちょっと男勝りではあるものの一応女性名だ。
 ジョニー・ランデス改め、レオナルデ・ウォッチ。涙ながらに自分を恥じながらミシェーラと義眼の経緯を語り終えた後に、クラウスは「レオナルド君」とレオナルドのことを呼んだ。
 あれ違うくないか? と思ったもののHLPDに強襲されていたあの場で、違います僕の名前はレオナルデですと言いだすような間の抜けた空気でもなかった。
 それからはすっかりライブラのレオナルド・ウォッチだ。やぁレオナルド、こんにちはレオナルド、またなレオナルド。
 レオナルドを童貞童貞と言う口の悪いザップですら、女みたいだの女男だのというワードは使って来ない。それくらい、レオナルド・ウォッチという『男』は彼女の見た目に自然に馴染んでしまった。
 誰も違和感すら持ってくれない状況に遠い目をする日もあったりしたが、一か月もするころには、
(まぁいっか)
 で誤解を解くのを投げてしまった。
 殺人と強盗と強姦は少し荒れた街ではありがちなワーストスリーの犯罪だったから、そのうち一個危険が減ったと思うことにする。
 ちんちくりんで色気がなくて、女に見境のないザップですら手を出さないだろうっていうくらいに、レオナルドにはまったく女として価値も魅力もなかったが、女でいる限りはもしもということがある。その危惧すら男でいることでさっぱり潰れてしまうならむしろラッキーかもしれない。

 こうして、レオナルドは別段隠すわけではなかったけれど、とりたてて騒ぐこともしないままに男性として過ごしていた。
 ただそれだけのことだ。



***



 ぴかぴかに磨いた皮靴に上等な三つ揃えのスーツ、髪は少し固めて前髪を横に流す。いつも以上にフォーマルな装いをしたスティーブンは、背もたれへ体重を預けながらへの字に曲がる口元を隠すようにパンフレットを顎に乗せた。
 普段はオーケストラの演奏が行われているホールで、今日は司会者がマスクをつけて熱弁をふるっていた。次から次へ、おかしな商品が出てきては値段が吊りあがり売られていく。
 パンフレットでみたときにはピンとこなかったが、やはり品物を直接見て説明を聞けばスティーブンには一目瞭然だった。おそらくこの場にいる客のほとんどが、これらの商品がどんなものかしっかりわかった上でセリ落とそうとしているのだろう。
(アウト、これもアウト、あれはセーフ、これはアウト)
 呪術のかかったものが3割、異界産のHL外に持ち出し禁止のものが7割といったところだ。出品したと言うスポンサーのご機嫌取りで怪しいオークションに顔を出したものの、想定以上にきな臭い現場だった。
(いい金づるだったけど、ここで手を切らなきゃなぁ)
 世の中綺麗事ばかりじゃやっていけない。というよりも成り立たない。綺麗なものだけというのは、つまるところ極端な排除の結果でしかないからだ。スティーブンは正直、ほどよい悪事くらいはあった方がいいだろうと思っている。
 クラウスは知らないことだが、スポンサーだってきれいどころばかりじゃない。大半はライブラ賛同者だが、なかには一部、金銭で見逃してもらおうとしている輩もいる。スティーブンは金を受け取ることで、見張りとストッパーを兼ねながら小さな悪事を見逃してやる。今回のスポンサーはそっちのタイプだったが、スティーブンの見逃せる許容範囲を越えてしまった。
(特に最後の商品がダメだ)
 ツボや絵画、絨毯、日常的な家具にしこまれている呪術用具から、錬金術の道具なんて眉唾ものまでがパンフレットに並んでいる中、最後の目玉商品は人間だった。
 ――宝石の目をした少女
 もしかすると少女というのは人形をさしているかもしれないが、スティーブンはこれが人間だろうと確信していた。最後の商品が人形というのは、そこにどんなカラクリがあろうが盛り上がりに欠けるからだ。異界人の可能性はあるが、大差はない。人身売買だ。
 さて、とスティーブンは舞台を見た。宝石の目だ、むしろ異界人の可能性の方が高いかもしれないと足を床にこすりつける。
 スティーブンは「宝石の目」をひとつ知っている。ライブラにいる、神々の義眼をもつ少年だ。どんな目をもつ少女か知らないが、あの目ほど美しいものではないだろう。スティーブンはそっと目を伏せて瞼の裏に青い燐光を描く。ひそかに愛してやまない、青い宝石。
 ふっと会場の照明がわずか落とされて、うす暗くなった。壇上のほうは完全に照明を落とされていたが、客席側の小さな明かりで問題なく見える。
 スポットライトでも当てられるのかと思ったが、その様子もなく少女が1人連れ出される。
やはり人間だった。
 頭には黒い袋をかぶせられて、体には胸元の呪符とワンピースだけで靴もはいていない。そのワンピースも布地は肌が透けるほど薄く、体に沿ってとがった乳首や股のくぼみを隠さない。目も売り物だが、出品側は性別も売り物にしようというのだろう。体を拘束されている様子はないが足取りが怪しいから、なにか薬を使われている可能性がある。
「薬ではありません」
 即座に司会がスティーブンと同じことを思っていた客たちの考えを否定する。
「これは呪術で宝石の目を少々刺激しているので、その影響でございます。こちらの商品は、不可思議な目を持つ――処女となっております」
 そういって取り払われた袋の下から現れたのは、スティーブンの宝石だった。
「……は?」
 思わず小さな声が漏れたが、それを拾う人はいなかった。ざわめきが波のように会場に広がる。
 短めのブルネット、小さな鼻、薄い唇。うつろな目は青く光り文様を浮かび上がらせている。ライトが消された暗い舞台でよく目立った。
(レオナルド……?)
 競りがはじまって値段がどんどん吊りあがっていってもスティーブンは混乱のさなかにいた。スティーブンがひそかに愛したレオナルドは、少年のはずだった。普段は顎から下が全て服で隠れていたけど、何度その裸を思い描いたか知れない。声はアルトだから喉仏は小さいだろう、細い子だから鎖骨は滴が乗るように浮き出ているかもしれない、肉のついていない平らな胸にはピンクの乳首がのっていて、へそまでスッとまっすぐの白いシルエット。そのはずだった。
 なんだこれは。どうしてそんなに柔らかい体をして、そんなところに立ってるんだ。
「97番、8万。141番、12万。……32番、25万」
 スティーブンは自分でも手元の機会で入金指示をしそうになるのをぐっとこらえた。スティーブンがいくらそれなりに金をもっているからといって、怪しいオークションでトリを飾る目玉商品を競り落としてしまうだけの額はさすがに持ち合わせていない。
 誰かが競り落とした後に、会場の人間を凍らせてしまったうえで買い主から助け出すのがベストだ。
 レオナルドは前後不覚になるほど義眼が暴走させられている。十中八九、胸元の呪符が術媒体とみていいだろう。そして売る側は買った側へ、それがどんなもので、解除方法までを説明をするはずだ。
 レオナルドの保護はすべて喋らせてからだ。スティーブンは自分の両手で力比べでもするように、組んだ指先を握りしめた。
「32番75万、81番80万、32番100万」
 この金額になればもはや一騎打ちだった。スティーブンは会場の人間の目の動きから32番と81番を探す。周囲を見ずに一心不乱に舞台上のレオナルドを見つめる2人の人間。
 暗い会場に苦労したものの、スティーブンはきっちり見つけた。
 一人はやせ形で、ギョロ目のスーツ。色が白く筋肉がないことからデスクワーク、着ているスーツは高いものでもない癖にあまり袖を通してなさそうだ。先ほどから異界産のものばかり競り落としていることからも研究職の可能性が高い。あまり金はないようだが拘っているところをみるとレオナルドの目が神々の義眼だということに気づいている。
 もう一人は肥満形。派手な装飾品をつけて服装が派手だ。腕を隣の椅子の背もたれにおき、浅く腰掛けている。教養とマナーのなさから子ども時代は裕福ではなかったと予想できる、大人になって金をもったタイプ。おそらく最終的に競り勝つのはこちらだろう。ということは金の出し方から考えてこっちが32番。
「32番180万、……81番190万、32番、」
 科学者の変態よりは金持ちの変態のほうがしばらくの間命の保証はあるだろうが、尊厳と言う点では難しい。反吐が出る思いだ。よりにもよってレオナルドを。
「おめでとうございます。32番の方、落札でございます」
(おめでとう、これでお前の人生は終わりだ)



***


 レオナルドを買った男はHLの中に住んでいる男で、いくつかセーフハウスを持っていた。レオナルドを連れ帰ったのはそのなかでもそう治安のよくないアパートメントで、警備の人間が3人ばかしという具合だった。
「やぁ助かった。やっぱり治安が悪い場所って言うのも便利は便利だよねぇ」
 42街区であれば、下手に血凍道を使うこともできず、銃声一発で警察に連絡がいってしまう。その点男が選んだ場所は、死体が道端に転がっていようと事務的に処理されてしまうような区画だ。
 男の一人が震える声で「ライブラ」と呟いた。
「ご名答、といいたいところだけど残念、今回はプライベードだよ。おかげで助かった。君らの死体を仲間に誤魔化す必要もない。まぁそれはこっちの仕事だから、君らは心配しなくていい」
 どうせ死ぬのだから、と凍える五人の男たちを部下に任せてスティーブンは奥の部屋に進む。ベッドに寝かされたレオナルドはオークションでの露わな格好のまま、呪は解除されているもののぐったりと気を失っていた。
「レオナルド、君ってば女の子だったんだなぁ」
 首は華奢なラインをして、骨が浮いて堅そうな鎖骨の下は柔らかそうな胸、ズボンに隠れていた太ももは白くて噛みつきたくなる。ベッドに乗り上げて彼女の足を持ち上げてワンピースの中をのぞけば、何も履かされていないそこはたしかに女の子のもので、つつましやかに唇が閉じていた。たしかに宝石の目をもつ処女だ。
 サイドチェストのトレーの上には、録音機器、消毒液、コットン――薬剤が入った注射器。オークションで買われた少女、金持ちが用意するこの手の薬は相場が決まっている。媚薬、もっとはっきり言えばセックスドラッグだろう。
 スティーブンはコットンをとると消毒液をひたしてレオナルドの肘の内側を濡らす。意識のないままのレオに注射器をさして薬を注入すると、録音機器のボタンを押した。
「さぁ、僕が助けてあげよう」
 はしたないワンピースを抜いてベッドの下に落とすと、抱きかかえてじっとレオナルドの様子を見守る。いままで想像の中だけだった体はいくら見ても飽きない。小さな肩をさすりながら、弱火で焦らされるように待っていると、『そのとき』はやってきた。
「ふ……はっ、あ……」
 徐々に体温があがってきて、呼吸が荒くなって意識もないのに身をよじりだした。踵がシーツを蹴って、胸がそらされて膨らむ。
「レオナルド、レオ。体の熱を冷ましてほしい?」
「―――……さい」
「ん? レオ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「おいおい」
 思っていた反応とかなり違って、スティーブンはさすがに困った。ドラッグでハイになってトリップすることは分かっていたが、これはどちらかというとバッドトリップだ。
 媚薬の名目の薬、それも初めての摂取でバッドトリップする例は珍しい。
 スティーブンは盛大に溜息をついて、レオナルドをしっかりと抱え直す。
「ごめん、ごめんミシェーラ、許して」
「レオ、ミシェーラは許してくれるよ」
「知ってる、でも僕のせいだ」
「君のせいじゃない」
「僕のせいだ、ちがう僕のせいじゃない。ごめんなさい、許して」
 スティーブンは、早まって薬を打ったことに舌うちしたかった。レオナルドは面倒な状態になって、ちっとも楽しめやしない。
 媚薬ではなくて、ドラッグはドラッグでも自白剤の一種のようだった。
(そういえば、僕がライブラってあいつらわかってたしな)
 最初から義眼ないし、彼女のもつライブラの情報が欲しかったのかもしれない。
(レオナルドがライブラだって知ってたか、もしくは義眼を使ってライブラを探ろうとしてたか)
 スティーブンが嫉妬に狂うような猥褻な目的ではなかったようだ。レオナルドはまるで女性としての魅力がない。こういうのが好みの男もいるだろうが、スティーブンが彼女に興奮するのは、単に好きな人だからに他ならない。
「僕のせいじゃないんだ」
「そうだね、ミシェーラもわかってるよ」
「僕のせいじゃない」
「……誰に謝ってるんだ?」
 かあさん、とレオナルドは小さな声で答えた。知らない場所においてけぼりにされた子どもみたいに、心細さで震えた言葉だった。
「お母さんだって許してくれるさ」
「違う、ちがう、許してくれなかった」
 スティーブンの適当な慰めに、レオナルドは顔を振って泣きだした。
 そういえば、いくら義眼なんて特殊な事情があったからって、HLなんかに女の子が単身で飛び込んでくるのは異常だ。レオナルドが家族はミシェーラの話しかしないこともおかしい。
「僕は君の味方だよ。僕がわかる?」
「スティーブンさん。スティーブン・スターフェイズさん」
「そうだよ、君は?」
「レオナルデ・ウォッチ」
「そう、本当はレオナルデっていうんだな」
 顔を濡らす涙を拭いてやりながら、スティーブンはレオナルドに質問を続けていく。彼女が罪の意識に苛まれて泣きやまない間は、まだ自白剤がきいている証だ。
 母親と何があったのか、父親とはどうだったか、ミシェーラはそれをどう思っていて、レオナルドは何を我慢していたか。どれもレオナルドは素直に答えた。今まで知らなかったレオナルドのことが全部語られていく。
「どうして男のフリをしてたんだい」
「してない、クラウスさんが間違えたんだ。僕のせいじゃない」
「クラーウス……お前ってやつは。じゃあ隠していたわけじゃないんだね」
「うん」
「ライブラを裏切ったりする?」
「そんなことするもんか」
「どうして?」
「みんなに感謝してるから」
「みんなのことは好き?」
「うん」
 スティーブンは髪をなでてレオナルドを誉める。レオナルドはだらだら涙を流しているし、母親のくだりは面白くなかったが、無防備に裸で腕の中にいてスティーブンの思うままに何でも答えていった。
「僕のことも?」
「好き」
「セックスの経験はある?」
「まだない」
「そう、オナニーは? 玩具をいれたりしてない?」
「してない」
 レオナルドが首をふると、ボリューミーな髪の毛がスティーブンの胸をくすぐった。
「生理は前回いつきた?」
「先週」
「はじめて生理がきたのはいつだった?」
「13歳のとき」
「びっくりした?」
「こわかったから内緒にしてた」
 小さなレオナルドの戸惑いを思い浮かべると愛らしい。涙で水浸しになった顔を袖で拭いてやって、熱っぽくなっている瞼にキスをしたあとで、口にもキスを落とす。
「口をあけてごらん」
 素直に開いた口の中に、舌を差し込んで歯や頬をねぶった。スティーブンは笑い声をおさえられなくなった。
「は、あはは!……なぁレオナルデ、君は俺を好きなんだよ!」
「うん、や、ちがう、ちがう」
「さっき好きっていったじゃないか。いや、今からでもいい。今から君は俺を好きなんだ。だって俺だけは君の味方でいるんだぜ、だから俺を好きでなきゃおかしいだろ」
「ちがうってば、やだやだ」
「違わない。お前は俺を好きさ」
 胸に指を埋めながら、スティーブンはまたキスをする。
「レオ、全部明け渡せ。そうすればお前を守ってやるよ。もう家に帰らなくていい。俺と結婚しちまえばいいんだ。なぁレオ」
 ベッドに体を横たわらせて覆いかぶさる。絶え間なく出ていた涙の量が減ってきたから、彼女はきっともうすぐ正気に戻る。気持ちよくなって喘いでいるような、いちばん最高の状態で正気に戻してやろう。
 さすがにゴムの準備はしてなかったが、先週生理だったならまだ排卵日がきてないだろうからラッキーだった。
「さぁレオ、俺を好きだと言うんだ。それがお前のためだよ」



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