レオナルドはミシェーラを守って義眼狙いのマッドサイエンティストを相手にそれはもう頑張った。誰に助けを求めたらいいかわからない状況で、いつもスマートな恋人のスティーブンだってレオナルドの異変に気づきはしなかった。
 ミシェーラはトビーの異変を感知したのに。というのはただのやつあたりだ。
 車の中で、クラウス相手に挨拶なしに帰るようなやつじゃないとこぼすくらいには、違和感を彼も感じてくれていたらしい。第一彼は助けに来てくれた。あのみんなの頼もしい背中の中に、いつもの背広はしっかりと混じっていた。
 けれど、見舞いにきてベッドを囲んだライブラの人たちの中に、黄色いネクタイの彼はいなかった。来たら絶対ミシェーラにも紹介しようと思っていたのにこなかった。連絡も伝言もなかった。一言文句をいってやろうと退院してライブラに顔をだしたら、あまりにいつも通りに接されて自分の方が間違っているのではないかと混乱したが、そんなわけない。
 腹を立てたら、お腹が空く。その晩HLにきてはじめてレオナルドはやけ食いをした。普段は金銭面の関係でお菓子もたべないが、なじみのパン屋でパンの耳を安くもらって大量に食べて風呂にも入らずに寝て盛大に遅刻したら、すこし心が紛れたようだった。
 その日からレオナルドはなんとなくいつも空腹を感じている。
 お腹が空いてフラフラしていたんだろう、作戦帰りにつっかかってこけそうになったところを受け止められて、ついでに体重の軽さも指摘された。
「うちでリゾットを作ろう」
 正直、最初は食事を驕ろうという話だったから、ちょっと残念に思ったりもしたが、彼が手をかけてくれるのならばと頷いた。彼の真意をちょっと疑っていたからというのもある。
 それからスティーブンはレオナルドを丁寧に扱った。病人なのだから当然と言えば当然かもしれない。
 彼がかいがいしく世話をすれば、空腹感はなりをひそめる。見舞いにこなかったくせに、と思うとまたお腹がすいた。
 そうしているあいだにもHLでは事件がつきない。レオナルドは包帯がとれていないままで作戦に参加して義眼をつかう。作戦終わりに、最近レオナルドにことに甘いスティーブンが声をかけてきた。
「目は大丈夫か? 熱を持ったら言うんだぞ」
「大丈――あっ」
「なに、どうした、どこか痛むのか」
「いえ……」
 見舞いにこなくても体の心配をする不自然さに、あっさり説明がつくようなものをレオナルドはもってるじゃないか。神々の義眼、ライブラにとってなくてはならないものだ。
「あー」
 なるほど、なるほど。理由がわかって、がっかりした。ミシェーラに紹介なんてしなくてよかったと思えばいいのか、いやミシェーラはあまりそういうの気にしないかもしれない。次があるわよ、なんて底抜けに笑うだけだろう。ちょっとはレオナルドのために怒ってくれたら嬉しいけど、もう彼女には婚約者がいるわけで。
 お腹がすいたなぁ、とレオナルドはおもった。その晩はパンの耳をひたすらコンソメスープにつけて食べた。3店舗分のパンの耳は結構な量で、食べれば心が落ち着く気がした。
 その頃から慌てたようにスティーブンがご飯を驕ってくれるようになった。目的がはっきりしてるのだから遠慮する必要もない。仮とはいえ恋人なのだから、スティーブンは義眼のために安心したい、レオナルドも美味しいものが食べられる。ウィンウィンだと思って大人しく驕ってもらう。
 レオナルドの体重が軽くなっている、痩せている、とスティーブンは言うが、レオナルドはちょっとふらつくなぁと思うくらいで自分の体調がそんなに悪いとは思わなかった。ただお腹がすくだけだ。ライブラの皆にも心配されたが、イマイチ実感がわかない。
 そんな日が続くと、レオナルドの態度が冷めていることに気づいたらしく、スティーブンは少し強引にレオナルドをマンションへ連れ帰った。それからはもう甘ったるいセリフと笑顔のオンパレードだった。
(なりふり構わなくなったなぁ)
 と空腹でも鳴りさえしなくなった腹をさする。だんだん立つことも億劫になって体からだるさが抜けない。風邪でも引いてるのかもしれない。
 その奇行とも思えた行動は、スティーブンが顔を腫らして帰って以来ぱったりと途絶えた。むしろ家へ帰ってくること自体急激に減った。
 つった魚に餌もやらないなんて、このまま別れ話がでてきてもおかしくはないなと思うと、ちょっと涙がでてきたから、やっぱり今でも好きなのだ。

 ギルベルトが迎えに来たのは、そういうタイミングだった。

 会場にはレオナルドが憎からず思う友人たちがいて、それを全部スティーブンが集めたとギルベルトは教えてくれた。スティーブン自身はザップとツェッドがやったと言ったけど、スティーブンは汗だくだった。
 彼が汗をかくのが嫌いだと言うことをレオナルドは知っている。ロシアで涙が凍るように、スティーブンの体はささいなことで霜が降りるようになっている。普段は気づく前に外気で解けてしまうけど、夜はときどきまつ毛の先が凍って白くなったまま残っていることもある。不便なのだ、要するに。
 汗をかいて技の発動で凍らせてしまったら、服を脱いでシャワーを浴びるまで凍えていなければいけない。
 捕まえることが不可能といわれる音速猿のソニックまで連れて、苦手な汗をかいて、プライドの高い彼がレオナルドのために愛情が必要なのだと人を集めて。
 レオナルドのクラウンはむくむくと成長しだした。寄生虫は愛を食べる。愛を判断するのは、愛を与える者でもなければ、寄生虫でもない。虫は宿主が愛されてると思う気持ちで育つのだ。愛されてもいないのに勘違いによって花が咲くこともあれば、どんなに困っているストーカーにだって花がさく。
 レオナルドのブルネットに紛れていた蔦が黄金色にかわり、ふくらんだ輪郭をたどりながら中央に集まった。名前の通り、頭には王冠が乗っているようだった。
 顔よりも大きくなったつぼみから吹き上がるようにアイスブルーの大輪が開く。中心は薄く、外側は深い藍色をしている。けれどその甘い芳香が鼻先をかすめるより早く、花弁は弾けるように枯れて床へ落ちてしまった。
 そして次々と周囲の人々の頭にぽぽぽぽーんとクラウンが生えた。レオナルドのものより小さく、まだ咲きはしないが小さな蕾が中央に鎮座している。
 スティーブンがのんびりと、周りを見回した。
「あー、そういえば花が散ると胞子が飛ぶんだっけ。皆もれなく罹患者となっちゃったわけだ」
「ちょっとスカーフェイス!! このやろう!!」
「まぁいいじゃないか。レオナルドみたいな重患者はいなさそうだ。みんなもう咲きかけてる」
 KKが若々しい黄緑のクラウンをのっけて、指先をスティーブンの頭にもむける。
「あんたもよ、スティーブン先生」
 おや、とスティーブンは上を向いたが、当然自分でみることはできない。ブラッドブリード対策に持ち歩いている鏡でみてみれば、うっすら花開いている。薄く白い、味のないリゾットの色だ。
「それよりもレオナルド君は早く食事をとるべきだろう」
 クラウスは1人会場内ですでに花を五分咲きにしている。真っ赤な髪の上に、黄色の花が大きく咲いている。
「そうだレオ、病院で点滴を打たなきゃ」
 レオナルドはふらふらとスティーブンに近寄って抱きついた。
「それより家に帰りたいです」
「じゃあ、明日は病院に行くんだぞ」
「うん、うん。ちゃんと行くから」
 スティーブンは頭の花がわずかに質量を増やしたのを感じながら抱きしめ返した。
「今日はリゾットを作ろう」
 塩でも、チーズでも、トマトでもいい。一緒に食べよう。そして花を咲かすのだ。


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