氷でできた針の山をレオナルドは登っていく。足元は小さな針がびっしりと生え、まるで迷路のように氷の壁がそそりたっている。霧に包まれた上に冷気でもやがかかる極寒の山は、幻想的ではあったがまるで死者の国のようだった。
 幸い、シューズで踏めば小さな尖りはパキンと折れてただのざらついた地面になりはてたが、うっかり壁についた左手は氷刃が皮膚をさいて血が流れていた。
「疲れた……」
 この山に分け入ってどれだけの時間がたったのか。HLの街並み7ブロックをすっぽり覆うほどの巨大な山は、登りがありくだりがあり、時に行きどまっては元の道に戻される。義眼で他人の目を借りてみても空から全体像を把握できる目の持ち主もいないので、特別レオナルドにことが有利に働くことはなかった。道があるのか氷の壁なのかが分からなくなる、まるでミラールームのような迷路の道がはっきり見えるだけ、肉眼よりはいくらかマシなのだろう。
 ザップもクラウスも山に入って数分でくらりと目をまわしていたし、ツェッドは少し触れるだけで皮膚がそこら中にくっついて大変だった。結果、山の捜索はレオナルド1人に任されている。
「これが終わったら肉たべたいな」
 いつものハンバーガーもいいが、ここはがっつきステーキが食べたい。お金はなかったが、これだけ頑張ってるのだからスティーブンがボーナス扱いでおごってくれるかもしれない。
「あついシャワー浴びて、布団にはいって寝たいな」
 山の中心から遠いのか近いのかもわからないが、進めば進むほど温度が冷えて吐きだす息が凍りだす。レオナルドを慰めるのはポケットに入った使い捨てカイロが二つだけだ。そのうち一つを握りしめ、ときどき頬や首にあてながら進む。
「お休みも欲しいし。あそぶぞー」
 お休みの1つや2つだって、スティーブンはくれるかもしれない。当人は事後処理で死ぬような忙しさになるだろうが、なんてったって、こうして山に1人で入って凍えているレオナルドは今日の功労者なのだ。
 靴の中にまで冷気が染み込んできたころ、ただの迷路がますます奇奇怪怪な作りになってきた。門やトンネルのように頭上まで覆うような道が増え、突如横穴があいていて洞穴なっていたりする。
 このまま氷の山が解決できなければ立派なHL名所になるだろう。
「お休みもらったら何しようかな。寝坊してー、ゲームしてー、あっソニック洗いたいな。鳥にさらわれたリールさんも探しにいかなきゃ」
 草野球の球拾いの約束もしている。レオナルドの頭の中で、もらえるかもわからない休日の算段が組み立てはじめる。
 とっとと仕事を終わらせてしまおうと、レオナルドは迷路のどこかにむかって声をあげた。
「スティーブンさん、どこですかー」
 冷気で身を刺すような氷の山は、スティーブンが作ったものだ。ブラッドブリードに転化させられたスティーブンが、自分自身を封じ込めるために暴走させた血凍道のなれのはて。街の一部を巻き添えにした結果だった。
 ただクラウスが言うには、スティーブンの血凍道はそもそも封印術ではない。一時的に氷に閉じ込めることも可能だが、それには相応の準備がいる。なぜなら、氷は溶けるものだ。
「お休みくださーい、スティーブンさーん。三連休くらい欲しいっすー。どこですかー」
 いまいち温度があがらなくなったカイロを一旦ポケットにもどし、温めておいた2個目を揉みこむ。正直、そろそろ見つかってくれないと体がきつい。足はカイロで温めていないから、指の感覚もなくなってきた。
「肉ー。休みー。そんで、これ終わったら告白するぞー。スティーブンさーん」
 レオナルドはけっこうヤケになっている。告白なんてこんな山で凍死寸前の目にあってなきゃする予定もなかった。好きだなって気づいたときには秘めて終わるつもりだった。
「あんたにするぞー。スティーブンさーんどこですかー。すきでーす」
 氷の壁はレオナルドの声だけを反射させるばっかりで、辺りは静まり返っている。
 この山のどこかでもしかすると彼は氷漬けになってるかもしれないが、ザップたちの目を借りてみれば依然山は広がっているらしいので、意識はあるんだろう。たぶんそろそろ中心に近い。聞こえているはずだ。
 レオナルドは思い切り息を吸い込んだ。
「あんたが考えてることなんてくだんない!」
 スティーブンが転化したからって、密封しようなんてライブラの誰も言わない。転化したことが不安なら、レオナルドとクラウスを全力で守ればいい。スティーブンが道を踏み外すようなことがあればいつだって密封してやれる。
「ライブラの副官がブラッドブリード? 上等じゃないっすか! 強くて頼りになるなら、さすが秘密結社ってだけの話しじゃねーか!」
 レオナルドは声を張り上げる。届け。スティーブンがBBになったところで、何もかわることはない。
 これからもクラウスは他のBBには絶対まけない。ザップとツェッドも強いから心配いらない。チェインは今泣いてる。チェインに泣かれると適当に慰めることもできなくって苦手だったはずだ。K・Kはスティーブンのこういう自虐的なところが大嫌いだから今怒り狂ってる。
「あんたにとったら、氷河期で氷山でこの世の終わりでも、僕らにとったらへでもねー! むしろ笑い飛ばしちゃいますし! ザップさんに盛大に笑われちまえ!」
 さすがにザップでも洒落にできな事態だとは思うが、順応が一番速いのも彼だろう。そういうところ、けっこう救いになる先輩だ。
「俺の告白の方がびっくりの事態だとおもいますけどねー! スティーブンさーん! 好きでーーーーーす!」
 静かな氷の壁に、靴の音が鳴った。
「確かに君からの告白の方が衝撃だよ」
 体中に氷の膜がはって髪に霜の降りたスティーブンが、氷のトンネルの奥からやってきた。レオナルドのパーソナルスペースに入らないくらいで止まる。
 スーツがところどころ破けて穴があいているから、氷漬けどころか自分で串刺しもやったのかもしれない。
 レオは呆れつつも、歯が見えるくらいにっかり笑った。
「そうっすよ。僕にキスしたほうが、よっぽど世界変わるんですから」
 人間だったら凍死してるような状態の冷たい体で、スティーブンは一歩距離をつめるとひょいっとレオナルドのほっぺに唇をくっつけた。ちゅう、と音がして軽く肌をすわれる。
 正直冷気で感覚もなにもあったもんじゃなかったが、レオはあまりの事態に呆然とスティーブンを見つめた。スティーブンは氷を暴走させたとも思えないすっきりとした顔で苦笑する。
「たしかに、世界が変わったよ」
 真っ赤になったレオの頭をなでて、スティーブンは足をうちならす。辺りの氷が少しずつほどけていく。
「レオ、ありがとう」
「……うす」
「肉と休みだったな、謹んで提供させていただこう」
「……あざす……あの、返事はくれないんすね」
 誤魔化してしまう大人のずるさを指摘するような口調になったが、スティーブンは笑うだけだ。
「お礼でするようなもんじゃないからね」
 まじめに答えるよ、と言って彼は溜息をついた。
「この後クラウスに会うのが憂鬱だ」
「さいですか」
「まぁでも君が好きだって言ってくれたからね」
「そこなんか関係あります!?」
「あるよ」
 嬉しかったとこぼした。
 大事なものを作らないように生きてきたつもりだったのに、人に大事にされることに救われるなんて思ってなかった。氷の城の中にうずくまって、人間でなくなったことに震えてしまうような孤独と絶望を、いとも簡単に打ち崩された。
 巨大な氷の山がスティーブンとレオナルドを中心に溶けて水になっていく。その向こうで、みんなが待ってる。



151006


なんどだってスティーブンをBBにして絶望させたい悪い病気にかかっているような気がします。
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