スティーブンはキーボードで踊っていた指をとめて顔を上げると、また何事もなかったように仕事に戻った。盛大な溜息をひとつこぼして。
「またかい」
 定刻より少し遅くやってきたレオナルドの頬は真っ赤になっていて、額をきったのかだらだら血が流れている。ギルベルトが救急箱を片手に寄るのを視界の隅にいれながら、どうしても小言をもらさずにはいられなかった。
 レオナルドが怪我をしてくるのはよくあることだった。彼は無法地帯にも近いこのHLには似合わないからだ。身を守ることすらままならない、気が弱そう、騙しやすそう、そういうカモにしやすい雰囲気をしている。人柄と言うのはどうしたって外観に出るものだから、目をつけられるのはしょうがない。
 とはいえ、彼には全く対抗手段がないというわけではない。神々の義眼を使えば人的被害くらいはなくせるだろう。
 それでも彼は怪我をする。どういうことかくらいは、察しが付くというものだ。
「少年、君ライブラの一員って自覚はあるかい」
「それは弱っちすぎるってことでしょうか」
「うんまぁそれもだけど。君はさ、誰かを助ける立場にあるってことだ」
 いまいち、という顔をする。そうする間にもギルベルトの迅速な手当てが彼を包帯だらけにしていく。顔が終わると上着を脱がせて、下から青痣がどっさりでてきた。それを遠めに見てスティーブンは、骨にはいってないだろうが内臓にはちょっと影響がでてるかもなぁと判断する。ちかいうちに病院に放り込んで検査させよう。
「わかりやすいところを挙げると、その義眼でBB戦で僕らを助けてくれてるし、被害が最小に収まるから市民も助かる。ま、そうじゃなくてもレオナルド・ウォッチはどっかで誰かを助けてるんだろうな。君は友達も多いし」
「そんな立派な人間じゃないですよ」
「立派な人間だよ。クラウスが一目で気に入るくらいだからね」
 人柄というのは外観にでる。クラウスがライブラにとひきいれた人間が、その時初対面だったなんてスティーブンはいまだに信じられない気分だ。まじめな男だから、手順をすっとばすのは結構珍しい。
「不安になったら、その日一日ありがとうって言われた数でも数えてみな。毎日一個以上あったら合格だ」
「一個って」
「僕なんてこの一カ月言われた記憶がない」
 そういうと、レオナルドはふきだして、体に響いたのかあいた! と声をあげた。
「少年、明日の誰かを助けるために、今日の自分を守ってくれ」
 スティーブンの言いたいことは、最後のその一言だったが、レオナルドはその気遣いが胸に染みた。あまり関わらないと思っていた上司が、こうして自分のことを思いやってくれるのが嬉しかったし、なにより最初の一言に申し訳ないような、くすぐったい気分になる。
 ライブラの一員だっていう自覚があるか。
 正直レオナルドにはあまり実感がない。自分が世界を守っているだなんて思うような活動もしていなければ、驕れるだけの力がなかった。ライブラにとって自分は義眼ありきで、そのおまけくらいに思っていたが、そうじゃなかったらしい。
「ありがとうございます」
「なんだ僕に気を使ってるのか?」
「違いますよ」
 スティーブンに認めてもらえたことが、レオナルドには誇らしかったのだ。



 そんな会話をしたあくる日の午後、レオナルドは誘拐現場を目撃した。まだローティーンの子が、抱えこまれて車に連れ込まれそうになってる。
「なにしてんだ!」
 飛びこんで相手の視界を奪うと、子供の体をとりかえして大通りにむけて押した。
「逃げろ!」
 レオナルドは車からでてきた新手にも視野混交をしかけながら、自分も逃げようと踵をかえしたが、わずか遅かった。レオナルドはやっぱり義眼のおまけでしかなかった。後頭部を殴られて、子供を助けたかわりに自分が攫われていた。

 扉の開閉音と、甲高い泣き叫ぶ声で目を覚ました。コンクリートがむき出しで、窓のない狭い小部屋だった。手足はとくに拘束されておらず、子供たちと一緒に詰め込まれている。全員がティーン、人数はレオナルドを入れて16人。今一人連れて行かれたみたいだから17人か。
 しばらくは頭の痛みと、思考が鈍っているのを感じながら、うなだれることしかできなかった。寝不足の朝にたたき起されたときに似ている。それが尾をひいて、なかなか消えない。
 それでものろのろとレオナルドはゴーグルをはめてこっそり義眼を使えるように準備した。ここで大人しくしていたって何も解決しない。
 レオナルドは近くにいる比較的年上だろう子供に小声で話しかけた。
「僕が起きた時、誰か外につれていかれなかった?」
 子供はひどく怯えた様子ですすり泣きをはじめてうずくまる。まわりをみても、みんな似たような状態で、精神的にまいっているようだった。
 レオナルドだって泣きたい気分だ。
 しばらくすると、扉がひらいてまた男が現れた。前に連れていった子はいない。ぐるりと見回すと、新しい子を選んで立たせる。
「いやぁ! やだああああ! ぎゃ!」
 腕を掴まれたとたん暴れ出した子をなぐりつけて、引きずるようにして部屋をでていく。レオナルドは男の靴をみてぎょっとした。足の裏に泥がついているのかと思ったが、それがなんであるかが義眼にははっきり見える。血だまりを歩いてきたように、底と側面にはべったりと赤黒いものがついていた。
「まてよ!」
 慌てて声をかけるが、扉がしまって鍵が外からかけられる。飛びついて調べるが、内側にはとってもなければなにかとっかかりになるようなものが何もない。
 焦りながらゴーグルの下で義眼を開く。壁があろうが関係ない、見ようと思えば何でも見れる。男と子供をおっていくと、どうも地下にさがっていっている。階段を下りていくと、ホールにたどりついた。中央に高い檻にかこまれたリングがあって観覧席がぐるりと取り囲んでいる。ザップがクラウスをおびきだしたエデンと似ている。
 ファイトでもさせるのかとみていたら、檻の中に放たれたのは地上の猛獣、虎だ。2匹が狭いリングの中をぐるぐる回って尻尾をゆらしている。
 男はその中に子供を放り投げた。
 離れたコンクリートの部屋で、レオナルドは息をのんだ。武器ももたない子供が逃げ切れるわけもない。盛り上がっている観客の中、男の靴裏が血で汚れていたわけを見た。
 レオナルドはすぐさま視界を別の場所に飛ばす。ソニックとは普段から視界共有を行っているため簡単に繋がった。ソニックは今ライブラにいるらしい。事務所でパソコンを打っているスティーブンが怪訝そうに見てくるのが見えて、レオナルドはそっちに乗り移った。
 視線を誘導して、キーボードの上の指を滑らせる。HELP、それだけ打たせるのが精いっぱいで長い距離を飛び越えた視界を打ち切った。携帯はとられているが、遠くに捨てられでもしてない限り、スティーブンがGPSをおってきてくれるだろう。

 再度戻ってきた男にも、視線を誘導した。子どもたちの中から、自分を見るように。
 恐怖はスティーブンを思い出して押し殺した。
(僕だって、ライブラの一員だ)
 ここにいる子供たちを守れるのはレオナルドしかいない。誰も犠牲にさせやしない。視界にのせられた男はレオナルドを選び、地下に連れて行く。
 扉を開けると不快な熱狂がレオナルドを包んだ。エデンのように男たちの(僅かに女たちの)興奮した声、刺激を求める声。ステゴロを楽しむエデンより数段下劣なやからたち。
 舞台はさきほどの子供と同じで、血で汚れたリングの中に2匹の虎とレオナルド。虎は慣れた様子で新しい獲物を窺うように近づいてくる。
 けれどレオナルドは今までと同じ子供ではない。年齢だって成人しているし、闘う術はゼロではない。
 檻を背に立つレオナルドに、一匹が跳躍して飛びかかってきた。
「視野転送!」
 レオナルドはその二匹に“開きすぎた”義眼の視界をおしつけて、地に沈める。圧倒的な量の視界の情報は脳みそをかき混ぜる。数時間は吐きっぱなしで立てない。虎を睨んでいた目を、観客に向ける。
 今や彼らは静まり返っていた。
 こんな馬鹿げたことをしている連中をレオナルドはゆるせない。リングの床は黒くまだらだ。ここで何人が犠牲になったか、全てが明るみにでればわかるだろう。
 いままでと違うリングの獲物にだんだんとざわめきが戻ってくる。
「殺せ!」
「殺せー!」
「もっと派手に!」
 ブーイングにも似た叫びだった。客たちの要望にこたえて、新たに獣がリングにいれられる。レオナルドの心臓がどっと脈打つ。
 今度は異界の獣だ。目が1つ、四足、外骨格のような硬そうな表面。レオナルドの評価がかわったのか、一度に5匹。
 恐怖にせばまる喉に無理矢理空気を通して、首筋を流れる冷汗は襟でぬぐう。虎のときように一度につぶせば、また新手がくるだけだろう。なにより複数の目を同時に相手にすれば義眼の消耗がはげしくすぐに限界が来る。
 3匹いっせいに飛びかかって来たのを、二匹の視線を誘導して真ん中の獣に向かわせる。
 レオナルドは、獣に勝つ必要はない。スティーブンが救難信号に気づいて、助けをよこしてくれるまで時間をかせげばいい。
 それまで持ちこたえればいい。観客たちを釘づけにして1人残らずにがさないまま、レオナルドがここに立ち続けていれば、あの小さな小部屋の子供たちがここに連れてこられることもない。
「かかってこいよ、平眼球」
 明日の誰かを助けるために、今日の自分を守れ。言われた事とは違うだろう。けれどいまこのとき、自分が生きている限りは誰も死なない。
「ライブラなめんなよ」
 一人きり、いつまでかもわからない戦いだ。怖くてたまらなくても、折れない心はもう貰った。
 少年、君ライブラの一員って自覚はあるかい。――――今はあります、スティーブンさん。



 5匹の牙をかわし、ときに獣同士を噛みあわせ、狭いリングの上でねばりつづけて2匹がうごかなくなった。今や観客たちはうるさいくらいに吠えている。
 1匹を檻にぶつけさせ、もう1匹に過剰な視野転送して脳みそを潰す。そちらに気をとられている間に最後のやつがレオナルドに体当たりして思い切り跳ね飛ばされる。背中をうちつけて息をつまらせながら首元を噛もうと迫る牙を腕で防ぐ。
「ぐっぁあ!」
 歯を食いしばって頭突きをすれば、相手もただじゃいられなかったのだろう、甲高い声をだして数歩下がる。鼻の頭に血が垂れてきたが、拭う余裕はなかった。
 息がはやくなっていて、義眼はもうずいぶん熱をもってきている。腕のほかに足もかまれていて、血がとまらずに頭の方も霞がかってきている。それでもレオナルドは獣を睨みつける。残った1匹から目をそらさない。
 先に視線を外したのは獣だった。部屋の異常を感知して戸惑いの声をあげる。みれば、入口の扉が凍りついていた。
 それをみとめて、まだ獣が目の前にいるのに足から力がぬける。くずれかけた体は、スティーブンに支えられた。
「大丈夫か、少年」
「……こども、たちが……うえ、に……」
 レオナルドがかすれた声で伝えると、わかっているというようにスティーブンが抱きとめている腕に力をこめる。
「よくやった」
 レオナルドはその言葉を最後に意識を暗闇に落とした。
 スティーブンはレオナルドと同じ位置から、冷徹に観客たちを睨みつける。獣はすでに殺した。血凍道にとっては造作もない相手だ。
 それでも、レオナルドには強敵だっただろう。歯を食いしばって闘っただろう。分不相応な数の命を後ろにかかえて。よくやったなというスティーブンの声に誇らしげに笑って。
「君たちはどんな風に子供を苦しめてきた?」
 生きたまま獣に体を引き裂かせて、食わせたか。それくらいのこと、今のスティーブンの頭の中に比べたら随分と可愛い。
「さぁ君たちの番がやってきたぞ」
 スティーブンは笑う。この場で一番の強者として、腕の中のレオナルドの誇りを今にも踏みにじるところだったものどもへ。
 笑う。



150926


かかってこいよ平眼球が書きたくて書きたくて。タイトルに深い意味はあるようなないような。
今日はアニマックスでタイバニのビギニングとライジングが無料です嬉しいな。
レンタルして見たけどまた見れるのが嬉しい。

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