男には妹が一人いた。仕事ばかりかまけて家をあけがちな両親にかわって、彼は妹をめいっぱい可愛がってきた。
 ブルネットのくせ毛の兄に、ブロンドストレートの妹。不仲な両親に兄妹どうしの血の繋がり具合を不安に思うこともあったが、それでも両親よりも妹の方が家族らしい間柄だったし、大事なことに違いはない。
 大学にはいって家を離れることになった時は、ちょうど高校にあがる妹も連れて家を出た。車いすの妹のために高いバリアフリーの借家を借りて、家賃に苦しみながらバイトをし、妹の面倒ばかりで遊ぶことも少なかったけれど、それでも気にならない。

 スティーブンは、それだけミシェーラを大事にしていた。

 けれど、どんなに可愛い妹でも最近は悩みの種だ。
「……またか」
 後ろを気にしながらようやく帰って来たスティーブンを、玄関先でローファーが二組出迎えている。
 ミシェーラが今日も学校の友達を連れてきている。一度外に出ようとも思ったが、外は外で憂鬱な案件が待ち構えていてスティーブンは歯を食いしばる。
 ぱたんと扉が開いて、身構えた。もう逃げられない。キュウキュウフローリングを滑るタイヤの音と、おそらく車いすを押してくれてるだろう友達の足音。
「スティーブンさん、おかえりなさい」
 ひょっこり顔をのぞかせて、大きなアイスブルーの瞳を三日月に細めながら、長いブロンドを胸元でゆらすミシェーラ。文句なく可愛い。
「ただいまミシェーラ。今日も学校は楽しかったかい?」
「ええ、とっても」
 その可愛さに負けてスティーブンが顔の相好を崩すのはしょうがないことだ。そしてもともと整ったスティーブンの顔がその甘ったるさを上乗せした笑顔に、高校生ごとき勝てるはずもない。ミシェーラの後ろでは、また彼女のクラスメイトだか部活の友達だか知らないが、同じ制服の女の子がぽうっとスティーブンを見つめてきた。
(あぁ困った。やっちまった)
 ミシェーラが友人を連れてくる度、その気がないのに惚れさせてしまう。大体みんな一目ぼれだ。スティーブンはいい加減に妹の友人に会うのはうんざりだった。
 前に三人連れてきたときは三人一斉に陥落させてその後、家の中が修羅場になった。過去にはストーカーになった子も数人いて、物も取られたし髪の毛も送られてきて、最近は毎日後ろが落ち着かない。
 今日だって大学から帰ると家のまわりで待ち構えてるのが何人かいた。家は最初にばれてるんだからこれはよくあることだ。はち合わせないように部屋の前まで辿り着くスパイのような真似ごとが得意になってしまってしょっぱい気持ちになる。
 それだけ失敗しているのに、スティーブンは相変わらず妹の友達を惚れさせてしまう。
 どうにかしてくれという顔でミシェーラを見ると、彼女はやれやれとやっぱり顔の表情だけで返事をして助け舟を出してくれる。
「スティーブンさん、“恋人”はどうしたの? 会えるって聞いて楽しみにしてたのに」
「彼女はレポートが終わってなくてね。まだ学校だよ」
 救いなのは、ミシェ−ラが常にスティーブンの味方だったことだ。可愛い可愛い妹は、友達の恋路を徹底的に邪魔してくれる。口裏は合わせてくれるし、手紙をあずかったりもしないし、一度惚れた子はもう二度と家に連れてこない。

 今日もそれとなくミシェーラの友達を追い返して、スティーブンは盛大な溜息を吐いた。
「ミシェーラお前もう友達連れてくるなよ」
「あら、全員惚れさせちゃうスティーブンさんが悪いんじゃない。イケメンって罪よねぇ」
「僕のせいなのかい」
「なんでそんなイケメンなのかなぁ。男の子まで一目ぼれさせちゃって」
「……僕だって尻を狙われる恐怖なんて知りたくなかった」
「どっちかっていうと尻を狙ってほしかったんじゃない?」
「うげぇ。お前は誰の味方なんだ」
 ミシェーラはそのかわいらしくて小さい口でふふふと笑う。小悪魔みたいな仕草が、天使みたいな彼女に抜群に似合う。
「私はいつだって『お兄ちゃん』の味方よ」
 こんな時ばっかり、お兄ちゃん呼びしてくるもんだから、いつだって甘やかしてしまうのだ。
 スティーブンはハーフアップの整えられている髪をぐしゃぐしゃに撫でまわしてつむじに1つキスを落とした。



 女子2人と男子1人をスティーブンが一度に落としてしまった事件以来、ミシェーラは男の子を連れてくることはなかったが、実に一年ぶりに男の子が家にやってきた。玄関にあるローファーの形とサイズでわかる。しかも物音の位置から、ミシェーラと二人きりで部屋にいるらしい。
 バイトから帰ってその状況を知ったスティーブンはさすがに慌てた。もう高校生であれだけキレイな子なら彼氏くらいすぐにできるのはわかるけど、スティーブンにはまだまだ可愛い妹なのだ。それも誰もいない家で、ミシェーラの部屋に2人きりだなんて、まっさきに下世話な想像が頭をめぐった。
 仮に恋人だったとして、強引に迫る男もいる。しかもミシェーラの足はアレがアレだ。
「ミシェーラ!!」
 部屋に飛び込んだスティーブンを迎えたのは、ゲームのコントローラーを一心不乱に操作するミシェーラと、同じく手にはコントローラーを握ってはいるもののぽかんと顔をあげてこっちを見る男子高校生だった。ミシェーラよりも年下に見えるけど、一年生だろうか。すこし体に大きな制服、スティーブンみたいなくせ毛に、目は閉じられているみたいに薄目だ。
「おじゃま、してます……」
 男の子の声と、テレビからファンファーレが流れるのが一緒だった。慌てて画面を向いた男の子が悲鳴をあげている。
「ポーズしといてよミシェーラ!」
「よそ見する方が悪いんじゃない」
「ずるいぞ!」
「ずるくないわ、むしろスティーブンさんのせいよ」
 急に話をふられて、スティーブンは頭をかいた。心配していたようなことはさっぱり起こってなくて、さすがに申し訳ない気分だった。
「あーじゃあお詫びにお菓子でも用意するよ」
「僕手伝います」
「なんでだよ。君はお客様だろ?」
「いえその、いつもミシェーラがお世話になってるし……」
「んん?」
「じゃなかった! ええと、いつもミシェーラに、に!お世話になってるし」
 あたふたと慌てる様子は、まだ中学生みたいな純情っプリだ。本当に下世話な心配をしてしまったらしい。
「いいって。ゲーム次こそ勝てよ」
 そういってつい笑いながらミシェーラにするように髪をくしゃくしゃにした。やってしまった、と思ったのは手を話してその子の顔を真正面から見た時だ。
 少年はいつもの子たちと同じように、頬をそめてぼんやりスティーブンを見上げている。
(しまった! ミシェーラの彼氏なのに、いや彼氏じゃないかもしれないけど!)
「あー……えーっと」
 ミシェーラの方をいつものように窺うと、ミシェーラは1人でゲームを続けている。
「ミ、ミシェーラ」
 助けを呼ぶと、ちらりと視線をよこして可笑しそうに口角をあげる。
「私一人でゲームして待ってるわ。あ、ミントティーがいいな」
 暗に2人でお茶をいれてこい、ということだ。どういうことだ。
「どうせ足がコレでキッチンじゃお邪魔だしねー」
「ミシェーラ!……だからってお客を使うんじゃない。お前誰の味方なんだ」
 助けてくれよ、またお前の友達に惚れられてるんだぞ、お兄ちゃんが取られてもいいのか。そんな気持ちをこめて視線を送ると、ミシェーラはますます面白がるように、いつものセリフを言った。
「『お兄ちゃん』の味方よ。いつだってね」
「ミ、ミシェーラお前……!」
 どうしてか少年の方が慌てた様子でミシェーラを諌める。なんてこと言うんだ、ばれてるのか、そういう会話をする。
 結局2人してミシェーラから部屋を追い出され(着替えるから出ていけと言われればしょうがない)、少年と顔を見合わせる。もじもじとしている様子は、どうみたってスティーブンに惚れているようだった。
「あー、なんていうか悪いな」
「しかたないっすよ。ミシェーラ、嬉しくなってくるとこっちの扱い雑んなるし」
 おや、とスティーブンは目をみはる。この子、ミシェーラのことをよく見てる。
「でもあの足の冗談。どきっとしたろ。やめろっていつもいってるのに」
 悪気はないんだ、と弁解すると知ってますと返ってくる。スティーブンに熱を上げてるだけじゃなく、その顔はちゃんとミシェーラを労わっているものだった。
「あれは緊張してるだけっす」
 あとちょっと照れ臭いのかも。つけたされた言葉に、はっとする。言われてみればそうかもしれない。自傷癖のように思っていたが、それだと少し見解がちがったのかもしれない。
「……君は」
「あ、僕レオナルドっていいます、スティーブンさん」
「あ、あぁ。……君も妹がいたりするか?」
「いいえ。昔はいたんですけど」
 苦笑するような小さな声にうつむいた顔。とんでもない地雷を踏んだのかと焦ったが、すぐに少年から訂正がはいった。
「あっちがいますよ! 死んだとかじゃなくて。ちっちゃい頃はいつか妹が生まれてくるんだーって勝手に思ってたって言うか。でも結局一人っ子なんですけど」
 思っていたような内容じゃなくてホッとすると、スティーブンはようやくい階段に足をむけた。お姫様ご要望のミントティーをいれて、なにかお茶受けを用意しなくては。
「だから、兄弟って憧れます」
「まぁ、僕らのことをお兄ちゃんお姉ちゃんぐらいに思えばいいさ」
 惚れられてるっていうのに、なんでかのん気にスティーブンはそう言っていた。いつもみたいなげっそりと背中にのしかかるうっとうしさがレオナルドにはなかったからかもしれない。
「お姉ちゃん?」
「ん?」
「僕高3っすけど」
「えっウソだ! ミシェーラより年上なのか!?」
「いくつだと思ってたんです!? ちくしょうまたかよ!」
「すまんすまん」
 またかよ、と叫んだ言葉を、童顔でよく年下に見られるんだろうなと解釈してスティーブンはやっぱりまたレオナルドの頭をくしゃくしゃにしていた。
 彼はやっぱり顔を赤くして嬉しそうに、スティーブンを見上げた。



150829

ワンドロ
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