君のために出来たこと(東月)


「ず……や、錫也!」
「え、何?」
「クッキー焼いてるオーブンから変な臭いしてる」
「あ……!」

 慌ててオーブンから取り出したクッキーは見事な程に黒こげになっていた。思わず溜め息が零れる。

「ボーっとしちゃってたもんね。錫也がクッキー焦がすなんて珍しいこともあるんだね」

 名前はそう言って、黒こげのクッキーを片付け始める。食堂のオーブンを借りて作っていたので、食堂のおばちゃんも手伝ってくれた。

「ごめんな、名前」
「良いのよ錫也。休憩してきたら? 後片付けは私たちでやるからさ。私につきっきりで教えてたんだから疲れちゃったでしょ」
「……ごめん。そうさせてもらうな」

 エプロンを脱ぎ、俺はまた溜め息をついた。厨房から出て食堂の椅子に腰掛けた。

 そもそも、俺がボーっとしてしまっているのには理由があって。
 あいつが――名前が、『バレンタインにお菓子を作りたい相手がいるから教えて』と俺に頼んできた。その『相手』が気になって気になってしょうがない。

 最初は正直、乗り気じゃなかった。でも名前の必死な表情にダメとは言えないし、俺は名前に嫌われたくなかった。もちろん、好きだから。
 胸に悶々とした思いを抱きながら、名前にお菓子作りを教えていたけれど。やっぱり無理だったみたいだ。その『相手』のために頑張る名前を見てられない。本命か義理なのかは知らないけれど、そんな思いにさせる『相手』に歯噛みしてしまいそうだ。そう、これは嫉妬だ。

 その『相手』の名前を訊けば良いんだろうけど、知ってしまえば俺はそいつを一生、嫌悪してしまうだろう。嫉妬心を剥き出しにして、みっともない姿を名前に見せてしまうだろう――……だから、訊けない。

 そんな思いがぐるぐる頭を渦巻いて、もう自分が何をしたいのか解らない。だからボーっとして、クッキーを焦がす始末。

「ダメな奴だなあ、俺は」
「錫也、お疲れ様」

 名前がテーブルにマグカップを置いた。中身は紅茶。名前は俺の向かいに座って、

「そんな暗い顔してどうしたの?」

 と訊いてくる。原因はお前だよ、なんて言えるはずもなく、

「何でもない」
「ホントに?」
「ああ、ごめんな。ちゃんと教えてやれなくて」
「良いのよ。平気」

 名前は紅茶を啜った。

「あの、さ」
「うん?」
「いや……何でもない」

 やっぱり訊けないよな。

「もう1回教えるな。バレンタイン、成功させたいし」
「大丈夫?」
「大丈夫。さ、やるか」
「ありがとう錫也」



***



 そして、バレンタインの日。名前の『相手』への嫉妬はやっぱり消えてくれない。落ち着きがない俺を、哉太と月子は気にしていたみたいだけれども。
 俺も諦めが悪いよな、と昼休みの教室で憂鬱になっていると、

「錫也!」
「……名前?」

 科が違う名前が俺を訪ねてくるなんて珍しい。入り口で手招きしているから、そっちへ向かった。

「どうした?」
「はい、これ」

 渡されたのは、可愛くラッピングされた袋。

「……?」
「錫也にあげる。バレンタインだから」

 教えてくれたお礼?

「え、あぁ。ありがとう」
「あと、錫也が好きです。付き合って下さい」
「ありが……、え?」

 耳を疑った。今、名前は何て言ったんだ?

「好き?」
「好き。その、本命は錫也だしそのお菓子、錫也にしか作ってないの。あげる人に教わるなんて変だけど、でもやっぱり成功させたかったから……」

 俺が嫉妬していた『相手』はつまり自分?

 嘘だろ、そんな言葉が喉まで出かかった。が、頬を赤くして、真剣な眼差しで俺を見る名前が、嘘をつけるはずなんてない。
 名前もとんだ勘違いをさせてくれた。バカだなあ、本当に。恥ずかしいよ、自分が。嫉妬が嘘みたいに小さくなっていく。

「へ、返事……わっ!」

 俺もお前が好きだよ。

 そう、耳元で囁いてやる。

 ここが教室の前だというのも忘れて、俺は名前を抱きしめた。教室にいたクラスメートたちが歓声をあげたのは言うまでもない。



Fin




はなこ様、リクエストありがとうございました。
錫也には嫉妬?してもらいました(^^)
バレンタインも近いので…夢主ちゃんが教室で告白なんて、大変有り得ないことをさせちゃいましたね(\_\;

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