先生達の年越し(秋組)
職員寮の一角。陽日先生にメールで誘われ、談話室に行くと、陽日先生と星月先生、そして水嶋君が酒盛りをしていた。
「苗字先生、お久しぶりです。いつ見ても綺麗ですね」
教育実習が終わったので、もう水嶋君には会えないのかと思っていた。相変わらず、お世辞が上手い。
「水嶋君、久しぶり! どうしたの?」
「初詣の約束を無理矢理、陽日先生に取りつけられまして。せっかくだから、年越しカウントダウンも付き合え、と」
「陽日先生……」
「苗字センセ、苗字センセも飲もう、年越し酒!」
陽日先生はすっかり出来上がってしまっている。一升瓶を抱えて離さない。そんな彼を、星月先生は苦笑して見ていた。
「苗字も巻き込むな、とは言ったんだが直獅が聞かなくてな……、すまん」
「いえいえ、私、部屋にいてもすることなかったし。1人で年越しするより断然良いです」
この学園に赴任して、初めての冬。先生も女性が私1人しかいない。こうして誘ってもらえるのが嬉しい。
「あ、でも私、お酒飲めないんです。すぐ酔っ払っちゃって。というか、友達が『頼むからもう飲むのはやめてくれ』って止めるんですよね」
「へえ……」
「じゃあ、琥太にぃと同じリンゴジュースですね」
「え、星月先生も飲めないんですか?」
「そーなんだよ苗字センセ。修学旅行の時も飲むと直ぐ眠っちゃって……」
陽日先生が不満そうな声を上げた。
「よし、水嶋。飲み比べだ!」
「何がよし、ですか。嫌ですよ。次の日に響きそうなので遠慮します。あ、苗字先生とならやりますよ? 酔っ払っても僕が介抱してあげますから……優しくね」
「……水嶋君、それは遠慮します」
「水嶋! 苗字センセを口説くんじゃない!」
「良いじゃないですか。彼女は月子ちゃんと違って、生徒じゃないんですから。それとも、陽日先生に不都合な理由でも?」
そう訊ねられ、何故か陽日先生は返答に詰まった。あー、とか、うー、とか言って顔が真っ赤(酔ってるせい?)。
「ど、どうしてもだ!」
と答えにならない答えを吐き出し、お酒を一気に飲んだ。変な陽日先生。
「――あ、ぁぁあ、苗字センセにはリンゴジュースだったよな」
先生は咳払いして私にコップを渡してくれた。星月先生は、そんな彼の様子を面白そうに眺めている。
「直獅もだが、苗字も苗字だな……」
「え、私ですか?」
「あぁ。まぁ、こんな状況で言っても酔っ払いの戯言にしか聞こえないだろうしなぁ」
「?」
星月先生の意味深な発言に首を傾げつつ、私はコップに口をつけた。あ、甘くて美味しい。でもこれ、リンゴジュース? 味は違うみたいだけど。
「琥太郎センセ、俺がどうかした?」
「いや何も」
「……怪しいよ琥太にぃ。苗字先生とこそこそしてたじゃない?」
「……、よし水嶋。修学旅行のアレだ。罰として琥太郎センセに酒を飲ませるぞ」
「良いですね。苗字先生の前で酔いつぶれる琥太にぃ、見たいですし」
意見が合い、ニヤニヤしだす2人。水嶋君が星月先生の背後に回って、羽交い締めにする。彼は「お前ら、やめろ」と抵抗。
陽日は一升瓶を星月先生の口元へ持っていった。
止めようと声をかけようとし――世界がぐにゃりと歪む。
そして何故か、そこで私の記憶は途切れてしまう。
***
「……、ふ、ふふふ……」
急に笑い声が聞こえた。苗字の声だ。理不尽な理由で酒を飲まされそうになったまさにその時だった。俺達3人は動きを止め、苗字を見る。
「苗字、センセ?」
直獅が声をかける。苗字はいつもと変わらない調子で――
「うるせぇな、チビ」
「!?」
笑顔。笑顔で直獅を貶した。
「え、ちょ、苗字、セン、セ……?」
ショックだったのか、心なしか涙目の直獅。
「つーか、軽々しく私の名前呼ぶなっつーの。せめて女王様と呼びなさいよ!」
「……」
あまりの豹変っぷりに俺も、郁でさえ言葉が出ない。
「……直獅、苗字に酒でも飲ませたか?」
苗字の目がすわっている気がする。
「そんなハズ……ってああぁぁ!? 苗字センセに酎ハイ飲ませてた!」
苗字が持っていたコップには、酎ハイが注がれていた。
「陽日先生……何やってるんですか」
「全くだ。はぁ、苗字があまり酒を飲まないのはこういうことだったのか」
とりあえず、酔っ払った苗字を部屋に戻してやった方がいい。なんだかややこしいことになりそうだからだ。
「苗字、帰るぞ。部屋まで送るから」
「嫌」
「じゃあ僕が」
「黙れもじゃメガネ」
「……」
「…………」
「…………、ふっ」
「ちょっと陽日先生、笑わないで下さいよ。琥太にぃも!」
すっかり女王様モードの苗字は、誰が何を言ってもダメだった。
直獅より年下なのに、普段は落ち着いた雰囲気を持つ苗字。それが今や、ワガママな小学生のような振る舞いをしている。さながら俺の姉のようだ。
「購買の焼きそばパンが食べたい。チビ。買ってきて」
「だからチビって言うな……」
「事実でしょ……私の言うことがきけないの!?」
直獅がそろそろ本気で泣き出しそうだ。
「はぁ……とんだ年越しだな……」
足を組んでそっぽを向く苗字に俺は近付く。
「何よ」
「苗字。部屋に帰るぞ。ほら」
「いーやー。帰らない。連れて帰りたいなら勝手にすれば良いじゃないの」
「……じゃあ、勝手に連れてくぞ。文句はなしだ」
有無を言わせず、俺は苗字を抱き上げた。
「な、降ろしなさいよ!」
「勝手にすれば良いじゃない、って言ったのはお前だよ」
「琥太にぃやるねぇ、お姫様抱っこなんてさ」
郁が面白そうに呟く。
「琥太にぃ、もしかして……」
「もしかして、何だ?」
「いや、何でもないよ。僕が代わりたいなぁって思っただけ」
「もじゃメガネは触らないで」
「……だそうだ。ほら直獅、いつまでも落ち込んでないで帰るぞ」
「琥太郎センセ。俺、来年は酒の代わりに牛乳飲もうかな……」
こうして年越しのカウントダウンは自然とお開きになった。
***
……というのを、次の日の朝に聞かされ私は新年早々、土下座をしました。まさか星月先生にそんなことをされたなんて。というより、陽日先生、水嶋君、暴言吐いてごめんなさい……!
初詣のお願い事は、「酔っ払って迷惑かけませんように」にしてきたのは、ここだけの話。
20101231
六月一日朝ちゃん、リクエストありがとう!なのに上手くリクエストを消化出来なくてごめん…!グダグダだ…(^_^;)
秋組でカウントダウンしたいですね…。星月先生に焦点を当ててみたけど大丈夫かな?
皆様、よいお年を!
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