その立場に甘んじていた
 


イタチさんが他人に好かれるのは良いことだ。


彼の半生は、偽りの罪を被りその人格を否定され続けてきた。
本当の彼は賞賛こそされ、非難される謂れはないのだから。


「忍として優秀で、血筋も良く、人格者で、何より見目麗しい!!」


そう、だからこうして賛称されるのは必然なのだけども。



「このワタクシの護衛としてはパーフェクトよ!
うちはイタチ、買ったわ!」


それとこれとは別の話もある。






事は、とある国の大名の護衛を任されたことから始まった。

五大国外の国は、第四次忍界大戦後も閉鎖的な国が多く、そもそも大国を敵視している国も多い。
そんな中、この国の大名は五大国に友好的で貿易や資金調達にも好意的だった。

数少ない資金源、そんな国を狙う輩も多い。

今回、その大名様が直々に五大国に視察に来るというので、その護衛を特務機関は任されていた。


そして最後に火の国…木の葉の里に到着し、会談が終わって開口一番御令嬢が発したのが冒頭のそれだ。


呆気に取られる木の葉の忍たち。
開いた口が塞がらないとはこのことか。


「あの…御嬢様、今なんと。」

「あら、聞こえませんでした?
うちはイタチを、このワタクシが買うと申したのよ。」


買う…金銭を支払い、品物や権利を自分のものにすること。


…は?


「お幾らかしら?火影様。」

「いや、あの、人身売買はしてませんので…」


あまりのことに、カカシ兄さんも思考が着いて行けていない。
凄く困っている。


「ですから、幾らでも出すから特例として譲ってと言っているのよ。」

「ミヤ様、火影様もお困りのようですので…」


執事か、保護者代わりか。
初老の男がやんわりと嗜める。
が、ミヤというこの娘は引かない。


「お金を出して護衛だって出来てるんだから、うちに来てもらうのだってお金を払えばできるでしょう?!
ワタクシ、イタチが来ないなら家には帰りません!」


奇想天外な展開に思考が停止していたが、物の言い方にワナワナと腑が煮えてきた。

買う?イタチさんを買う?
自分の所有物にする?
は?


「失礼ですがミヤ様。
幾ら大金を積まれようとも、うちはイタチをそちらの国には渡しません。
うちはイタチは木の葉の忍です。
執事を必要とするならそれ専門の人間をお雇いください。」


どうにも我慢ならない。
アワアワしているカカシ兄さんに、頭を抱えるシカマル君には悪いが、こういう輩にはハッキリと言わないといけないだろう。

腰を低くすればするほどつけあがる。
外交問題?知らん。


「ふーん…?」

ジロジロと、値踏みでもするかのように見られる。
腹立つ。こいつの全てが腹立つ。


「アナタ、イタチの何なの?」

「上司ですがそれが何か。」

「へぇ〜まだ子供なのにイタチの上司なんだぁ?」

「忍の世界に見目は関係ありませんゆえ。」


どこを見て子供と言いやがったこいつ。
こちとら事情があって中身はとっくに三十路超えてるんだよ小娘が。


そんな思いを取り繕うことなく相手を見据える。
何を言われようと引く気はない。


「そういえば、新しく医療施設を開発するのに資金繰りに困っているとのことでしたわよね?
なら投資してあげてもよくてよ、イタチをくれるなら。」


これだから金持ちにろくな者はいない。
だが…


「何度でも申し上げる。
どれだけ積まれようともうちはイタチを…」

「いいですよ。」


落ち着いた、声。
それでもハッキリと聞こえた言葉。

それに驚き振り向く。


「新たな医療薬や処置室を開発するのは急務でしょう。
自分一人と交換でその資金を調達出来るなら安いものです。」


ヒュッと体中の血液が冷える。
イタチさんは何を言っているのか。


「決まりね!
本人が快諾してくれてるのだから、上司といえど赤の他人のアナタがとやかく言う権利はないわよね?」


勝ち誇った娘の顔。
それに一気に何もかもが冷める。


「ちょ…しかし、うちはイタチは特務機関の重役で国際的な問題にも関わってますので、そう簡単には…」

「いいですよ。」


イタチさんと同じ言葉を同じトーンで紡ぐ。
今度はカカシ兄さんが驚き振り向く。


「本人が良いと言っているなら私からは何も言えません。
まぁ何とかなります。」


そう、元々イタチさんは"居ない"のだから。
たまたま奇跡が起きただけ。
居ないのが当たり前。


イタチさんの一声にはじまり瞬く間に議論は終わり、娘は上機嫌で帰って行った。












心配そうなカカシ兄さんの顔、眉間にしわを寄せっぱなしのシカマル君に、何も変わらないイタチさん。

本人が行くと言ったならどうしようもない。
娘が言ったように赤の他人だ、私とイタチさんは。
どれだけ想っていようと、他人であることは変わらない。


引き継ぎを丁寧にしてくれたが、正直言って殆ど頭に入っていない。
そこはキキョウがちゃんと聞いてくれてるから問題ないのもあるけど。


それから数日後。
休日に暇を持て余し、ブラブラと街を歩く。
そこに期間限定の和スイーツが目に入る。


「…。」


別に、気にする必要はない。
コレが好きな本人はもう木の葉にいないのだから。

進めようと脚を踏み出したその時、名前を呼ばれる。


振り返ればサクラちゃんといのちゃん、それにヒナタちゃんが居た。
笑顔で手を振ってくれているが、暫くしてその顔が険しくなる。

一瞬でサクラちゃんに距離を詰められる。
反応が遅れ、ガシリと肩を掴まれる。


「ちょっとなまえさん?!何その顔色の悪さ!!」

「大丈夫、ちょっと徹夜で…いたたたたたた!イタイ!痛いですサクラ先生…っ。」

ギリギリとサクラちゃんの親指が肩にそのまま食い込む。


「さ、サクラちゃん… なまえさんの肩が…」

「ちょっとサクラ!アンタ力加減しなさいよ!」


と、ヒナタちゃんといのちゃんの制止で何とか解放される。
めちゃくちゃ痛い。肩通り越して頭まで痛い。


「聞きましたよなまえさん。
イタチさん、よその国に出向になったんですって?」

「出向というか、もう戻らないけど…。」

「はぁ?!どういうこと?!」


何故私がここまで詰め寄られねば…!


「ちょっと2人とも!なまえさん困ってるよ…。
落ち着いて、あそこの店で話さない?」

サクラちゃんいのちゃんの圧力に困惑してると、ヒナタちゃんが宥めてくれる。
とはいえ長話もしたくないんだけども…!


が、私に拒否権はなく女子達に連行される。
注文も適当にされて、何故か私の目の前にはガッツリ定食が並んでいる。


「あの…私もコーヒーで良かったんだけども…」

「何言ってるんですか!なまえさん絶対まともな物食べてないでしょ!」

「そうですよ!イタチさんが居ないから、生活も適当になってるのバレバレですからね!」

そんなイタチさんが私のお世話係みたいな…


いや、実際そうだったか。
三食たべてるかめちゃくちゃ監視されてたし、何ならお弁当作ってくれてたし、仕事量も休憩時間も、あまつさえ睡眠時間も厳しく見られてたし…


あれ?私イタチさん居ないと生活できない人みたいだな。


「まぁ…そうだけど…でも大丈夫だよ、今までそうだったんだから。」

と言えば微妙な空気になってしまった。
そんな顔、貴女たちがする必要はないのに。


「そ、そういえばイタチさんが出向じゃなくて、その…もう戻ってこないって…。」

「あ、そうそう!カカシ先生からは出向って聞いてたんですけど。」

まぁ、それはかくかくしかじかで。と説明する。


「そんな…確かに医療施設の件でカカシ先生に相談してたけど、こんなことになるなんて…。」

「サクラちゃんのせいじゃないよ。
イタチさん本人がそう選択したんだ。誰も気負う必要はない。」

「でも…」

「大丈夫。何も変わりはしないよ。
そういえば、この店は持ち帰りが出来たかな?そろそろ戻らないと。」


なんて、今日は休みだから予定は無いけど作ろうと思えば作れるし。



「あ…ごめんなさい、なまえさん任務中だったんですね。」

「大丈夫、良い息抜きになったから。」


未だ心配気な彼女たちの視線を背に店を出る。
手をつけてないコレは…コガネが食べてくれるだろう。

ヒヤリと冷たい壁に囲まれた機関室に入る。
誰も居ない執務室にももう慣れた。
これが当たり前なのだから…


「今日はお休みなのでは。」


そう、休日に来ようと咎める者は…


「…。」

「…。」


手から離れ、床に落ちて中身が溢れ出て、一口も口に入ることもなく廃棄確定だった弁当の運命は、居るはずもない救世主の手で救われた。

とん、と受け止められた手に落下は止まる。


「危なかったですね。
随分冷えている、今から食べるなら温めますが。」

「すまない…いや、それよりもなんでイタチくんがここに?
豊の国に行ったのでは?」

「?
任務が終わって帰ってきたのですが…。」


任務?
いや、護衛とか依頼じゃなく、イタチさんはあの娘の所に売られたのでは…


「豊の国の大名…あの御令嬢が不当に市民より金を巻き上げ好き放題してるので悔い改めさせるよう、その側近の方から事前に依頼を受けてたのですが…ご存知なかった?」


ええ、そんなもの初耳ですが。
いや、もしかしたら説明されてたのかもしれないがそんな余裕はなかった。


「豊の国に行くことを快諾されていたので、全て知った上での言動かと。」

「…そういうことにしておいてくれ。」


いつ依頼が来たとか、あの場にいた皆事情を知っていたのかとか
色々気になる事はあるがもういい。
知らぬがなんとやらだ。


「で、無事にあの娘の不正は正せたのか?」

「ええ、証拠は選り取り見取りだったので
“金に汚い人間は嫌いだ。“と率直に申し上げたら全て改めてくれました。」


それはあの娘、ただ失恋して傷心しただけでは…
いやでもイタチさんに率直に“嫌いだ“と言われたら人間やり直したくなるかもしれない。


「…そうか…君も相当気疲れしただろう。
暫く休んで「五影への報告書はこれですね。」


私の言葉を煽り、机に山積みになっている報告書をイタチさんがその腕に抱える。
そして当然のように自分の座席にその書類の山をドン、と置く。


「いや、君は休んで「この弁当は温めてくるので貴女は椅子に座って、目を瞑って、何も考えず、息抜きしてください。

そして俺が戻ってきたら弁当を食べて、仮眠室で仮眠してください。」

「ちょっと私の話を「聞きません。」


凄い圧だ。
何も喋らせてくれない。

え、何か怒ってる?


「…貴女はもっと、自分を労ってください。
豊の国の大名が来た時も、わざわざ盾になるようなことを言って…心労からも人の体は簡単に壊れるんですよ。」

「あぁ、あれは…どうにもあちらの言い方が気に入らなかったという個人的なものだから…
まぁ、売らなくていい喧嘩を売っただけだから、気をつけるよ。」


元々依頼が来ていたということなら、イタチさんの任務を妨害しようとしてしまったから、それで怒ってるのか。

まぁそりゃそうだな。
任務を邪魔されたら誰でも腹立つものだ。

と沈みそうになる気持ちを何とか持ち上げ、言われた通り椅子に座ろうとイタチさんの横を通る。


「…嬉しかったですよ。」

「…。」

「木の葉の忍だと、貴女にそう言ってもらえたのが。」


そう通りざまに静かに告げ、イタチさんは部屋を出た。


「はぁー…」


何でこうも人の心を乱すことを言うのかなぁあの人は。


私に関する記憶をなくし、ただの上司と部下という関係のはずなのに

彼は今も昔も変わらず私の心を乱していく。



私ばかりが翻弄されて、ひどい人だ。
今も昔も。
























ーーーあとがき
もうビックリするくらい遅くなって申し訳ございません…!!!!
夢をつむぐの番外編ということで、書きたいけど中々タイミングの掴めなかったお話しを書かせてもらいました。
イタチさんが引っ張りだこという感じの話が書きたかったのですが、めっちゃ長くなりました(汗)
アニメの真伝でも、暁に入ったあと大蛇丸がパートナー組みたい言うたり何だかんだとイタチイタチと言われてて、そんな話しを書きたいと思い書きましたが中々纏まらず…(゚´ω`゚)
イタチさんが食い気味なのは、夢主が明らかに適当な体調管理を行っていたからなのもありますが、任務とか抜きで自分のために権力者に食ってかかってたのがわかったから、という感じです。わかりにくいですね。
とはいえ、リクエスト頂きありがとうございました(о´∀`о)



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