SIDE STORY
「ねえ、あおいと帰った時、あの子変わった様子なかった?」
「変わった様子?僕は特に覚えはないかな、どうしたの?」
「だったらいいんだけど。ありがとう、気にしないで」
OB戦の日に二人で帰ったことは、僕にとっては数日経っても何度も思い出してしまうくらいに嬉しいことだった。
変わったところなんて、何もなかった。
あおいちゃんは少し緊張していたようだったけれどそれは僕だって同じことで、どうしてもっと面白い話ができないのだろうと自分を歯がゆくも思ったりした。
実際に自分のことをそんな風に思うのは初めてで、これが恋なのだと強く思う。
本や映画と言った自分とは違う人々の葛藤を見てなんとなくは知っていたことだけれど、いざ自分の身に降りかかるとどれほど強い気持ちなのかということがよくわかった。
少しでもこちらのことを見てくれていたのだとわかると嬉しくて。
些細な変化に気づいてもらえるのも嬉しくて。
隣にいて一緒に歩いているだけなのに、心の中が緊張と温かさと甘い気持ちでいっぱいになる。
好きな人という存在に興味がなかったとは言えないけれど、中学三年になるまではそういった存在はいなかった。
自分にとってテニスをしていることが何よりも楽しかったし、テニスの練習を差し置いて一緒に出掛けたい存在ができるなんて思っていなかった。
けれど今は、一緒に出掛けたいと思う人がいる。
一緒に出掛けて、テニスボールを同じコートで追いかけたい。
そうすればもっと、彼女のことを知れる気がするから。
「栗山がそんなこと訊くなんてめっずらしー。あおいがどうかした?」
「いきなりとんでもない発言してきたもんだから」
「とんでもない発言?」
「あー、不二は気にしなくていいの。菊丸もね。まああおいもいろいろあったんでしょ、気が変わってくれればいいんだけど」
やはり栗山のような同性の友達にはまだまだ敵わない。
僕の知らないあおいちゃんのことを栗山は知っているし、僕が知っているあおいちゃんのことは当然のように知っているのだろう。
同性の友達にしか話せないことはいくらでもある。
それは僕だって同じだ。
だけどやっぱり、栗山のことをうらやましいと思ってしまう。
あおいちゃんにあそこまで気にかけてもらえる存在なんて、他にいないだろうから。
「不二。なんか気持ち悪いこと考えてない?」
「ダメダメ、栗山。そういう風に不二に鎌かけても無駄だよん、逆にこっちが泣かされるだけ!」
「英二?」
「わーっ、ごめんってば!」
お母さんと一緒に夕飯を作る約束をしていると言って、あおいちゃんはもう帰ってしまった。
残されたのはこの三人。
だんだん日が短くなってきているから、今日はもう帰ろうかと腰を上げる。
運動部の掛け声や、どこからか聞こえてくる音楽の音、活気に包まれる場所。
数か月前まではその中に自分たちもいたはずなのに、ずいぶんと遠くに感じられる。
三人そろって校門を出てから、栗山はグラウンドの方を眺めながら言った。
「まあ、いろいろ伝えてあげて。後悔しないように」
「意味深だにゃ」
「でしょ?」
僕が何も言えないまま、話題は変わっていく。
次から次へと、追いつけないくらいに。
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