◇放課後の通学路
一体何を話せばいいのやら、まったくわからない。
考えてみれば不二君とこうして二人きりで話すのは久しぶりな気がする。
最近は英二君たちのことで頭はその問題にしか向いておらず、不二君のことは頭のどこかに置かれていた。
もちろんふとした時にドキリとしてみたり、不二君の一つ一つの言葉をやたらと深く考えてみたりといったことはあったのだが、それもほんの片手間のこと。
考え事の中心には英二君たちがいて、その周りをぼんやりと包むベールのようなものだったのだ。
しかし英二君たちの問題が解決すれば、今度は前と同じように不二君の問題がベールから姿を変えてするすると私の心の中に入ってくる。
ちょっぴりあたたかいような、それでいて刺々しさをもつ厄介なものだ。
「こうして二人で話すのは久しぶりだね」
「うむ。英二君たちがバタバタしていたものだから…仲直りしたようで何よりだ」
「僕も安心したよ、あの二人は青学のゴールデンペアだから」
十月の気候は気まぐれだ。
半袖を着ているのがちょうどいいと思っていた翌週には、コートが必要になっていたりする。
今日は一日よく晴れ渡っていて、なおかつOB戦を見た後の興奮が残っているのか寒さはあまり感じない。
私はいつも不二君と何を話していたのだろうか。
思いだせば思いだそうとするほどに、記憶が抜け落ちていくかのようだ。
隣に不二君がいるこの状況は緊張するし、何を話せばいいかもわからない。
まるで初対面の人と話しているかのような気持ちなのだが、一体どうすればいいのだろう。
ちらりと隣を歩く不二君を見てみても、いつものように微笑んでいるだけで何を考えているのかさっぱりわからない。
こんなに混乱しているのはこちらだけに違いない。
そうだ、これはいわゆる片想いというやつなのだ。
不二君が私に対して「恋」という感情を抱いているとは到底思えないし、そんなことを望むのはおこがましいことだとも思う。
「…男子テニス部のレギュラー」
「え?」
「いや、不二君は気にしないでくれ」
引退したとはいっても、全国優勝した時の男子テニス部のレギュラーだ。
今までも不二君の人気はすごかったが、これからはますます確固たる地位を築いていくことだろう。
何人の女子が不二君に恋をするのだろう。
私もそのうちの一人なのだ。
そう考えると、なんだか勇気が出てきた。
本来ならば落ち込んだり、負けてたまるかといった感じの闘争心が生まれてくるべきところだとは思うのだが、仲間が増えたような気がする。
不二君の隣にいるだけでここまで心の中を引っ掻き回される状態を分かち合ってくれる人が一人でもいるならば、それだけで心強い。
「不二君、OB戦お疲れ様」
「ありがとう、今日は見てもらえたかな?」
「もちろん今回は不二君の試合をよく見させていただいたとも…!」
「あおいちゃんに見てもらえて嬉しいよ、ありがとう」
散々頭を回転させた結果としてありきたりな話題になってしまったが、不二君が笑ってくれているためヨシとしよう。
勝手に片想いしていることが伝わらなければ、それでいい。
この関係性が壊れてしまうのはやはり怖い。
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