11 学校のアイドル
氷帝のテニスコートらしきものの周りを見て、私は唖然としてしまった。
「らしきもの」と言った理由は、私のいる場所からは多数の女の子が群がっていてテニスコートが確認できないから。
でもこの高いフェンスに、女の子たちの黄色い声にも負けないようなテニスボールを打ち合う音はハッキリ聞こえるからテニスコートってことは間違いないと思う。
神奈川から東京に移ってもテニス部の人気は健在なんだなあとしみじみ。
テニス部がアイドルのように持ち上げられているのは立海だけかと思っていたけど、そういうわけでもないらしい。
まあ景吾が部長をしているんなら、当然といえば当然かもしれない。
「でもどうするかなあ」
ただ景吾に一言、「一昨日はありがとう」と言いたいだけなのに。
言ったところで素直に「どういたしまして」なんて返ってくるはずもないけど、とにかく言いたい。
言わなくちゃ。
直接ではなくとも、伝えたい。
どうしたものかと考えていると、群がる女の子から一際大きな「跡部様ー!」という声援が増えはじめた。
「跡部様素敵ー!」
「こっち見て!」
「跡部様大好きです!」
「ククッ………あ、跡部様…!!」
まさかの『跡部様』呼びに腹筋が崩壊した。
様ってなんだ、様って…!
そしてその声援に満足げに笑っている景吾も想像できるから困る。
一人でひとしきり笑ってから、なんとか冷静になって考えてみる。
今の声援からして景吾があの観衆の注目の先にいるのは間違いない。
でもあの観衆の中を突っ切っていって、「景吾ありがとう!」とか言ったらあの周りの女の子に殺されるかもしれない。
立海で例えれば、練習中の幸村君に「精市ありがとう!」と言うようなものだ。
ヤバいそれ、確実に死んでしまう。
あいにく私は携帯を持っていないからメールも出来ないし、次の食事会まで待つしかないのか…
そう考えていたところで、奇跡的に氷帝での知り合い二人の内の一人が向こうから何かを抱えて歩いてくるのが見えた。
すごいキラキラした金髪…ああ、あれ人だ。
「樺地君、ウス!」
「……茜さん、ウス」
「すごいね、この金髪の人。立ったままでも寝てる」
「……ウス」
「あのね、景吾に一言『一昨日はありがとう』って伝えてほしいの。直接言うのは無理みたいだから伝言頼めないかな?」
「…ウス」
「そうそう、そのためだけに氷帝まで来たんだよー。まあ立海より家に近いからいいんだけど」
樺地君の「ウス」は十分会話が成り立つくらいに様々な意味を持っている。
景吾が日本に来てからの付き合いだけど、三年目にもなると樺地君のウスにどんな意味が篭められているのか簡単に分かる。
たまに私の家で樺地君とお茶会をしていることは、景吾には内緒だ。
樺地君に伝言をお願いしたところで、私は早々に氷帝から帰ることにした。
樺地君に再び担がれた金髪の彼は、いまだ夢の中の状態でぐっすり寝ている。
私も今夜はあれくらい熟睡したいなあ。
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