▽ 55-旅支度
大きな荷物だと思った。
膨れ上がったリュックの中には、一体何が詰められているのだろう。
両手に提げられた紙袋から覗くのは、大阪土産という外箱の文字。
なぜか肩で大きく息をしている目の前の人物は、近くの駅から全力疾走してきた人だ。
ナツが歩いて学園祭会場に向かう中、一陣の風を巻き起こしながら脇を駆け抜けていった人。
その人物と目の前の人物はおそらく同一人物なのだろうが、どう声をかけるべきなんだろうか。
緑色のバンダナを頭につけ、鉢巻のように後ろで結んでいる。
時刻はまだ朝の八時で、朝一番の新幹線でこちらにやってきたことが窺える。
「あの」
「ん?」
「四天宝寺の方ですか?」
「なんでバレたんや!?お前エスパーか!」
朝からキレの良い突っ込みを会場前で響き渡らせるこの男の名前は、一氏ユウジ。
四天宝寺中学三年の、男子テニス部レギュラーである。
今日は大阪からはるばる合間を縫って、四天宝寺メンバーの激励をしにやってきた。
関東の連中の中で、彼らは難波魂を見せつけているのだろうか。
見せつけていなかったのなら、自分がお手本を見せてやる。
そんな熱い闘志を胸に秘め、ついに一氏はこの地にたどりつくことができた。
しかし、この学園祭会場に着いたならばもう一つやらなければならないことがある。
自分のダブルスのパートナーを誘惑した、一人の女子生徒。
他の四天宝寺の部員も随分と気に入っているようだが、彼らが誰を好きになろうがそんなことは関係ない。
大事なのは、自分の相方のことだ。
「まあええわ。それよりも、一色ナツってやつ知らんか?そいつを一目見ないと気がすまんのや」
後ろから声をかけてきた女子生徒は、不思議そうな顔でこちらを眺めていたかと思いきや、こちらの発言を聞くと驚いたような表情になる。
もしかして、探している人物と知り合いなんだろうか。
自分の相方である金色小春が「良い子なのよー、本当に良い子!」と絶賛していた一色ナツという女子。
一体どれほどの奴なのか見ておかなければなるまい。
両手に提げた紙袋を持つ手に力が入る。
新幹線を下りてから一度も荷物を地面に置いていないため、そろそろ腕がしびれ始めた。
「そいつと知り合いなん?」
「えーと…私です」
「…は?」
「一色ナツはおそらく私のことじゃないかなあ…と」
思わず持っていた紙袋を落としてしまったが、中の土産たちは大丈夫だろうか。
いや、そんなことは今はどうだっていい。
偶然自分に声をかけてきたこの女子が、探し求めていた女子だったなんて。
「探し求めていた」なんて甘い響きのように聞こえるかもしれないが、実際は違う。
いうなれば、彼女は自分の天敵である。
自分の相方を誘惑した、とんでもない女なのである。
「お前かー!!」
通勤ラッシュの朝の時間帯に、一人の男の叫びが響き渡った。
四天宝寺のメンバーは、関東の連中に混じりながらも何も変わってはいなかった。
その点ではひとまず安心した。
一日かけて学園祭というものを回ってみたが、なかなか手が込んでいるようだ。
当日は四天宝寺中学にとって一年に一回ある大きなイベントがあるためこちらに来ることはできないが、きっと良い学園祭になるだろうとも思う。
大阪から持ってきた荷物のほとんどは学園祭に携わる四天宝寺メンバーへの激励の品だったため、現在の一氏の格好は朝とは比べ物にならないほど身軽なもの。
紙袋はなくなり、背負うリュックの膨らみもほとんどない。
会場の外まで見送る、と申し出てきた四天宝寺の部員たちは振り払い、一氏は最後に一人の女子生徒のもとを訪れた。
実行委員会の中立運営委員という肩書きからして、それなりの地位にいる女子なのだということがわかった。
会場の中をぐるぐると探し続けて、彼女を見つけたのは正面口にほど近い場所。
「こんなとこにおったんか!」
「あ、一氏さん。私さっき白石さんから聞いたんですけど」
「なんや」
「小春ちゃんのダブルスのパートナーなんですね、楽しそうです。皆さんにもよろしく伝えてください」
「お前はまたそうやって俺の小春を誘惑する気か!」
金色小春には何があってもこの女子の伝言は伝えまい。
決意を新たにし、一氏は目の前にいるナツを指さして言った。
「今度来るときはお前をギャフンと言わせたるからな!小春のパートナーは俺や!」
空っぽになったリュックに、色々なものを詰め込んでやる。
今度来るときは、この女子に対抗するためのものを大量に引っ提げてこよう。
旅支度
―一氏ユウジと大阪土産
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