▽ 50-+と−
「すんません」
ツンツンと立った黒髪に、複数着けられたピアス。
着ている制服は見覚えがあるものの、この人自体は見たことがない。
学園祭会場となる施設の中で、ナツは一人の男子に声をかけられて振り返った。
言葉のイントネーションから、関西方面の人だろうかと見当をつける。
どこか見覚えがあると思った制服は、白石や千歳が着ていたものと同じだ。
目の前の彼もまた、四天宝寺の学生なのだろう。
四天宝寺から正式に参加するのは白石と千歳、そして金太郎の三名であったが、これまでもちょくちょく応援としてほかの部員がやってきたことはあった。
今の時間帯はちょうどお昼であり、これなら四天宝寺の各メンバーも手が空いているかもしれない。
「四天宝寺の方ですか?」
「はあ、まあ」
「白石さんたち、今なら手が空いてると思いますよ。呼びましょうか?」
「あー、とりあえずいいっすわ」
たしかに彼らに会いに来たことが第一の目的ではあるのだが、あの騒がしい集団ならこちらから探さずとも自然と会えるだろう。
それよりも、この学園祭の中をいろいろ見て回りたい。
きっとあの騒がしい人たちと一緒だと、まともに見て回れないだろうから。
偶然声をかけたこの女子がどんなポジションにいるのかは知らないが、案内してもらえるだろうか。
たとえ断られたとしても、なんだかんだと言って案内してもらうつもりである。
「ここ、初めてなんで案内してもらえます?暇な間だけでいいんで」
「いいですよ」
随分と無防備な人だと思ったが、こちらにとって都合は良いので黙っておく。
じゃあ付いてきてください、と言う彼女の後ろにくっついていくことにしよう。
彼女の名前は一色ナツというらしい。
氷帝学園の三年生で先輩らしいが、あまり先輩らしくないので硬い敬語は使わないことにした。
本人の了承も取った。
逆にあちらが後輩であるこちらに敬語を使っているという不思議な関係になってしまった。
「ふーん…けっこう規模デカイんすね」
「跡部さんが主催してますからね」
「へえ」
我ながら、リアクションが素っ気ないとは思う。
部活の先輩からも「リアクションが薄い」とは言われるが、それはあの人たちのリアクションがオーバーすぎるからだと思っていた。
しかし、実際に自分はかなり感情が読みにくい部類に入るのだろうとは思う。
現に案内してくれているナツは彼らほどオーバーリアクションではないが、自分と比べて随分と愛想があるんじゃないだろうか。
きっとこの人から見ても、自分は扱いにくいのだろう。
「他の四天宝寺の人たちと、違うと思ってるんじゃないですか」
「え?」
「ああいうやかましい人たちの中にいると浮くんですわ、俺みたいなやつ」
それが嫌だと思ったことはない。
彼らと同じ空間にいるときは、周りからどう見られたってかまわない。
一人だけやたらテンションの低いやつが混じっていると思われても、特に思うこともない。
しかしこうして自分一人だけでいるときに、「彼らとは違うんだね」と言われる場合は違う。
あの集団に所属することを、誰にも認められていないのではないか。
そういった負の気持ちばかりが先走り、見えない傷がつく。
「財前さんみたいな人もいるなんて四天宝寺ってますます不思議なところだなあとは思いますけど、違うとかはないと思いますよ」
「ああ、まあ不思議なところではありますけど」
「一度遊びに行ってみたいです」
きっとこの人のことだと確信した。
四天宝寺から学園祭準備に行った先輩や後輩がやたら気にかけている女子。
あえて名前は聞かず、雰囲気の特徴だけを聞いてやってきたが、おそらくこの人に違いない。
いとも簡単に相手がほしがっている言葉を当ててくれて、笑顔をくれて。
本人はおそらく無意識だろうが、その特徴は大きな武器だ。
「末恐ろしい人ッスわ」
「誰がです?」
「あっ、ねーちゃん!」
「おお、ナツちゃん!…と、財前!?」
「一緒に昼飯食べるばい」
噂をすれば何とやら。
続々とやってきた四天宝寺のメンバーに、ナツの肩を小突いた。
「後で誰のことか言ってもらいますからね」と笑う彼女に、財前は小さく舌を出す。
もうしばらく、このやかましい人々ではなく自分を見ていてほしいのだ。
+と−
―財前光の表と裏
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