ヒトナツの恋 | ナノ


▽ 34-譜面


頑張りすぎ、という言葉はよく言われる。

自分でもそう思う時はある。

けれど、自分が休んでしまったら他に誰がやるのだろうか。

たとえ誰かやる人がいたとしても、自分が少し無理をすればその「誰か」が少しでも楽ができるのならば、自分は多少の無理をしたいと思う。

そう思うのは、悪いことなのだろうか。



「…悪いこととは言えませんけどね…」
「だろう?」



立海の苦労人、ジャッカル桑原。

真田に「もう少し自分を労われ」と言われた日の午後、一緒に作業をしていたナツに自分の考えを話せば、彼女は歯切れの悪い言葉を返した。

彼女から見ても、ジャッカルは働きすぎのように思えていた。

困っている人を見れば、自ら進んで助けに行く優しさ。

そして頼まれれば、どんな重労働でも断らない。

その寛大な優しさに付け込んでいる人も少なからずいることを、ナツは知っていた。

立海大附属の二年生エースが良い例である。

しかしジャッカルが断らない以上、「ジャッカルさんに頼りすぎるのはやめましょう」ともなかなか言えず、ナツは悩んでいた。

さらに彼の意見を聞けば、自分が苦労して他人が楽ができるのなら進んで苦労するという。

どう言えばいいのだろう、と考えながらナツは口を開いた。



「じゃあ、これ見てください」
「この譜面か?」
「はい。どの音楽にも休符ってあるじゃないですか」



倉庫整理していた手を止め、ちょうど近くにあったダンボールから一つの楽譜を取り出す。

いつ使われていたのかもわからないが、おそらく吹奏楽か何かの楽譜だろうか。

その紙の上に散らばっているのは音楽記号。

それぞれが意味をもった、どれ一つとして無駄のないもの。



「休符の意味って何かわかりますか?」
「そりゃ漢字にすれば休む符なんだから、休むべきところじゃないか?」
「その通りです。じゃあこう置き換えることもできませんか、『どんなことにも休むっていうことは必要だ』って」



休符のない音楽はない。

曲の出だしから休符のものもある。

ずっと音を出したままでは、その美しさが伝わることはない。

どこかのタイミングで必ず休みを取ること。

それは決して無駄なことではない。



「ちょっとは休まなくちゃダメですよ、ずっと同じ音を出し続けてたら他の音符の邪魔になっちゃうこともあるんですから」



自分が頑張ればいいだけなのに、なぜ他の人に「働きすぎだ」と心配されるのか。

イマイチよくわかっていなかったジャッカルだったが、そのたとえ話は心にストンと落ち着いた。

もし自分と同じような事を他人がしていたとしたら。

ジャッカルもまた間違いなく、「働き過ぎだ」とその人物に忠告したことだろう。



「…ようやく分かった気がするよ、ありがとな」
「いえいえ、ジャッカルさんが休んでくれるなら何よりです」
「じゃああえて俺も言わせてもらうが」



お前も頑張りすぎだぞ、と頭を軽く小突く。

ジャッカルに対して「頑張りすぎはよくないです」とは言うものの、ナツの仕事量も相当なもの。

現にこの倉庫整理の仕事はジャッカルがやっていたもので、通りかかったナツが「暇だから」という理由で手伝ってくれているのだ。

ジャッカルの言葉に対し、ナツは自分の顔の前で小さく手を振りながら答えた。



「いやいや、私は暇だから手伝ったまでで…全然忙しいとかそんなことは」
『氷帝学園3年一色ナツ、至急会議室まで来い。確認したいことがある』
「……実行委員長直々のお呼び出しだぞ」
「………」



急遽入った放送に言葉を失うナツに対し、ジャッカルはおかしそうに笑う。

やはり彼女にも、休符が必要なんじゃないだろうか。





譜面

―ジャッカル桑原と似た者同士

prev / next

[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -