▽ 27-歯車
「亜久津さん、どこに行ってたんですか?」
「ちょっとお願いします!え?南さんに頼め?いえ、亜久津さんにやってもらえると私が嬉しいんです」
「皆待ってますよ、亜久津さんのこと」
うるせえ女だと思った。
誰がお前の思惑通りなんかに動いてやるかっつの。
毎日ちょこまか俺の前にやってきて、俺の怒りに触れるかどうかというギリギリなところで俺を誘導しようとする。
そしてそんな思惑にははまるまいといつも思っているにも関わらず、結果的にはアイツの笑顔を毎日見ている気がする。
「亜久津さん、ありがとうございます」という言葉と共に。
ああ、気に入らねえ。
明日こそアイツの思惑には嵌まらないようにしてやろう。
どんな風にアイツを追い返そうか。
そしたらアイツは、どんな反応をするだろうか。
そんなことを気が付いたら毎日考えていたある日、昼近くになってもアイツが現れない。
俺にとっては、喜ばしいことだ。
そう、本来ならばそのはずだ。
「……チッ」
あの女と会うのは、いつもこの会場のどこか数ポイントと決まっていて、そのポイントをすべて回ったというのに顔はおろか後ろ姿も見かけていない。
一体どこに行ったというのか。
まさか俺に散々サボるなとか言っといて、とうとう自分がサボりやがったか…?
とりあえずもう一周してみようかと足を踏み出すと同時に、後ろから肩を掴まれた。
一瞬ドキリともしたが、この手はアイツの手じゃねえ。
「…なんだよ」
「おー、怖!ナツちゃんじゃなかったからってそんなにあからさまに怒らなくてもいいじゃん」
「…ああ?」
「いつにも増して不機嫌だなあ、亜久津は。せっかく亜久津の知りたいこと教えてあげようと思ったのに」
いつもと変わりなくヘラヘラと笑う千石に付き合っているほど、俺は暇じゃねえ。
思いっきり不機嫌な態度を全面に出すと、千石は腕組みをして呆れたように言った。
お前に俺の何が分かる?
わざわざ言葉を出すのも面倒くさく、そのまま無視しようと歩き出すと、再び千石の手が肩にかかった。
ああ、うざってえ!
「…千石、テメェ今度俺に触ったら今度こそぶっ飛ばすぞ」
「もー、亜久津ったら話聞いてってば。ナツちゃん、探してるんでしょ?」
「はあ?」
「ナツちゃんね、跡部君に聞いたら今日は風邪で休みだって。それで亜久津にこれを届け」
千石が言いきる前に、千石の手から果物の籠と地図らしきものを奪い取る。
そしてそのまま、バイクを停めてきた方へと向かった。
後ろで千石が「ちゃんとお見舞い頼んだからね〜♪」と言っているのが聞こえたが、ハッ、馬鹿言ってんじゃねえ。
これは見舞いじゃねえ、サボってる奴へ喝入れに行くんだよ。
「千石先輩、やっぱり亜久津先輩行ってくれなかったでしょう?だからお見舞いは皆で行こうって言ったじゃないですか」
「いやいや、もう張り切って行っちゃったよ、亜久津の奴」
「ええ!?」
亜久津にお見舞いの品を届けた千石が山吹のブースへと戻ると、心配顔の檀が駆け寄ってくる。
檀は驚いた顔をしているが、千石にとっては想定内のことであった。
ナツといる時の亜久津の顔、明らかに表情が柔らかいと知っているのは、彼だけであろうか。
歯車
―亜久津仁が変わり始めた瞬間
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