▽ 21-背中合わせの体温
あっという間のことだった。
会場の管理者である跡部からの許可を貰い、夜遅くまでの作業をしていたナツと日吉。
やっていたことは、倉庫での荷物整理。
一段落ついたところで、ナツは段ボールを所定の位置に戻し、少し離れた場所で段ボールの中身を確認している日吉を見た。
「日吉君、そろそろ時間ギリギリみたい」
「……ああ、本当ですね。それじゃあこれだけ整理してもいいですか?」
「うん、お願いし」
ナツが言い切る前に、パチンという音がどこから聞こえ、思わず言葉を止める。
不信に思った日吉が天井を見上げるとほぼ同時に、周りは暗闇に包まれた。
エアコンが作動する独特の機械音だけが静寂を色付ける。
しばらく唖然としたまま動きを止めていたナツは、そろそろと真っ暗な闇を見回した。
エアコンが点いている目印である青緑の光が、暗闇に浮いていた。
「……停電?」
「エアコンが動いているからそれはないですね。許可してもらった時間はまだ過ぎていませんでしたし、跡部さんがこんなミスをするとも思えません」
「……随分冷静だね、日吉君」
淡々とした日吉の口調からは、焦りが微塵も感じられない。
年下なのに大人っぽいなあ、と常々思っていたことを再確認した。
ナツは元々テニス部にそこまで詳しくもなかったが、同じ学校の後輩ということで日吉の評判だけは聞いていた。
随分と大人びた子がテニス部に一人いる、という噂を。
「ナツさんの携帯はどうですか?」
「うーん、私のも圏外。電波届いてないんだね、ここ」
日吉の顔が、携帯の画面の光でぼんやりと浮かび上がった。
表情にもやはり焦りは感じられない。
「確認に行ってきますね」と日吉は暗闇の中で迷うことなく立ち上がって進んでいき、やがて戻ってきた。
黒い景色の中では見えないが、今度は少し焦りの色が見える。
「この倉庫のドア、ロックが掛かってました」
「え?……じゃあ」
「…気づいて貰えるまでは閉じ込められた状態ってことですね」
あくまで冷静な日吉の言葉に、ナツは愕然とする。
そして少しした後、手でスペースがあるか確認してから床に腰を下ろした。
エアコンが効いているせいか、少し体が冷えてくる。
先程までは作業に熱中していたから気づかなかったんだろうか。
「……珍しいですね」
「ん?」
「普通女子ならこういう場面になったら騒ぎ立てるものかと思ってました」
「日吉君がすごく落ち着いてるから、もしかしたら伝染したのかも」
中立運営委員のナツと接するようになってから、日吉は女子の新たな一面を知った。
フェンスの周りで騒ぎ立てる女子ばかりではないのだ、と。
自分のことを上辺だけで見てくるのが女子だ、と日吉はどこかで割り切った考えを持っていたのかもしれない。
日吉が知る女子とは少し違うナツに、たしかに日吉は何か伝えたい気持ちを持っている。
まだなんなのかは、自分でもわからないけれど。
「ナツさん」
「どうし……って、わ!」
「体、冷えてますよ」
夜目が比較的利くらしい日吉は音もなく忍び寄って、ナツの肩に手を触れる。
そして背中合わせになるように座り込んだ。
触れた背中からは、お互いの体温が伝わってくる。
ナツの方を振り向くことなく、日吉は言った。
「…誰か来るまで待ってましょう、ここで」
発言とは裏腹に、日吉は電源を切った。
跡部からの着信を知らせて光る、電波がきちんと届いている自身の携帯の電源を。
背中合わせの体温
―日吉若と密室
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