切原さん家 | ナノ


▼ 俺のねーちゃん

最近、ねーちゃんが冷たい。

最近とはいっても、ねーちゃんがだんだん冷たくなりはじめたのはもっと前だ。

去年の冬が近付き始めたころから、ゲームの時間が少しずつ減っていくことに俺は気づいていた。

ずっと彼氏ができたからだと思っていたけれどクリスマスの時にそれは違うとわかったし、理由がわからない。

年明けしてからはねーちゃんのゲームがほとんどと言っていいほどなくなった。

これは俺にとって真田副部長に好きな女子ができたって噂くらいビックリな話。

真田副部長のそんな話は聞いたことねーけど。

あんなにゲームが好きだったねーちゃんがほとんどやらなくなるなんて、よっぽどのことがあったんだと思う。

最近は部屋に閉じこもりがちだし、本当に心配になって話を聞いてみようとしたけど「心配しなくて大丈夫」しか言わないし。

とーちゃんとかーちゃんも不思議がるだけで何かしようとはしないし、俺がどうにかするしかない。

生徒会もなくなって、ねーちゃんはたぶん中学校生活の中で今が一番暇な時期のはず。

ねーちゃんの成績なら…いや、まあ英語はギリギリかもしれねえけど中等部から高等部に自動で上がれるはずだし、勉強する必要もない。

俺がしつこくゲームをすすめるせいか、ねーちゃんは最近俺に対してついに五回に一回くらい無視するようになった。

そして今日はバレンタインの日曜日。

一階からは甘いにおいが漂っていたけど、ねーちゃんが俺にくれる望みはない。

今までは毎年貰ってたけど、今年は信じられないくらいに口をきいてない。

ねーちゃんから返ってくる言葉はせいぜい挨拶と「うん」「よかったね」「やだ」くらいだ。

きっと下で作ってるんであろうチョコは、友達に配り歩いたりするんだろう。

今日は日曜だけど、バレンタインとなればさすがのねーちゃんも外出するはず。



「はあああああ」
「なんだ赤也、縁起でもない」
「とーちゃん…俺、ダメだわ。チョコ貰えねーわ」
「今日が日曜日だからか?」
「違うって。ねーちゃんからのチョコ」
「ああ、最近お前ら口きいてないな、そういえば」



階段の下で偶然会ったとーちゃんは、自信に満ちた顔をしていた。

そりゃそうだ、とーちゃんはねーちゃんと別に仲が悪くってないし、かーちゃんから確実に貰えるんだから。

なのにどこかそわそわしてる姿を見て、一体なんなんだとも思う。

ちょうど壁にかかってる時計をちらちらと気にしてるけど、時間はもう朝九時。

そういえば、とーちゃんが休みのこの時間にリビング以外にいるのは珍しい。

毎週同じ情報番組を見てるのに。



「とーちゃん、いつも見てる番組見ねーの?」
「ああ、赤也。それどころじゃ…きた!」
「は?」



突然玄関へと早足で近づくとーちゃんの姿を見送ると、玄関の向こうには郵便局のバイクが停まっていた。

郵便局の人に慌てて近づいて行ったとーちゃんは、直接郵便物をいくつか受け取っていた。

数枚のはがき、かーちゃんが定期購読してる雑誌、それから大きめの封筒。

どうも封筒が大切なものみたいで、他のものを小脇に抱えて封筒だけを両手でしっかりと握りしめて家に入ってきた。

気が付いたら俺の隣にかーちゃんが立っていて、リビングに続くドアからはねーちゃんの顔が不安げに覗いているのが見える。

相当重要なことみたいだけど、俺一人だけなんにもわかってない。

でも、とーちゃんが近づいてくるとその封筒の後ろに書かれてる文字が目に入った。



「立海大附属?」



やべえ、俺の成績があまりに酷すぎて送られてきたのかもしれねえ。

もしかしたら、俺は今から怒られるんだろうか。

ねーちゃんの前で、とーちゃんとかーちゃんの二人セットで。

でもとーちゃんは俺の横を通り過ぎて、静かにリビングに入っていってしまった。

かーちゃんも同じように隣からいなくなって、廊下に残されたのは俺一人。

え、え、と状況が把握できずに周りをぐるぐると見ていれば、ねーちゃんがさっきの不安そうな顔が嘘みたいに手招きしてくれた。



「赤也もおいで」



久しぶりにまともに掛けられた言葉に喜ぶよりも早く、一度だけ頷いてリビングへと向かう。

家族みんなが座れるダイニングテーブルには、封筒が真ん中に置かれていた。

座ってよく見てみると、あて先は俺じゃなくてねーちゃんだった。

なんで、と突っ込むより前に、ねーちゃんがゆっくり深呼吸してから封筒を手に取った。

がさがさ、と何枚もの紙が入っている音がする。

厚みのあるたくさんの資料を取り出して、ねーちゃんはギュッと目をつぶったまま机の上にそれを置いた。

一番上にあったのは、ちょっとした賞状みたいなものだった。



「合格通知書…切原赤子様」



何が書いてあるのか信じられずに思わず俺が読み上げれば、隣に座っていたねーちゃんがぴくっと肩を揺らした。

そしておそるおそる目を開いて、今度は俺の肩をがくがくと揺らす。

リビングの中で家族が上げる歓声を、どこか他人事のように聞いた。

ねーちゃんが親に頭を撫でられたり抱きしめられたりしてる間も何がなんだかわからなくて、かーちゃんが「お祝いしなくちゃ」とキッチンに向かうのを見ながらやっと口を開いた。



「ねーちゃん、立海来るの?」



それからねーちゃんは一つずつ教えてくれた。

ねーちゃんが俺に冷たくしていたのは、勉強に集中するためらしい。

どうも俺と話しているとゲームをしたくなって仕方がなくなったらしい。

そんなの知らねえよ、というのが俺の本音だけど、「ごめんねー」と笑って謝られると何も言えない。

立海を受けると決めたのは、俺が立海に入ったからだと言い切ったねーちゃん。

お嬢様の学校に通いたかったのは本当だったらしいけど、高校まで氷帝にいようとは元々思っていなかったらしい。

俺が立海に進んだのを見て、どうせなら一緒のところにしようと決めたんだそうだ。

家からも近いし、と言うねーちゃんの顔はスッキリしている。

立海に編入する試験は、国語とか英語とかの五教科だ。

正直言って、俺が別の中学にいて立海の高等部を受験しようと思っても受からないだろうと思う。

中学受験の時はまだ英語が必要じゃなかったし、俺はテニスで入ったようなもんだし。

でもねーちゃんなら、英語が苦手だろうとなんだろうとクリアしてしまうような気もする。



「さ、赤也!今日は思う存分ゲームしよう」
「仕方ねえなー、付き合ってやるよ」



久しぶりに、ねーちゃんとゲームをしよう。

甘ったるいチョコの匂いの中で隣で笑ってるのは、俺のたった一人のねーちゃんだ。

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