切原さん家 | ナノ


▼ クリスマス

今日はサンタさんが来る日だ。

年に一回、良い子にしてるとサンタさんが欲しいものを届けてくれる。

リビングに飾ったクリスマスツリーに欲しいものを書いた紙をぶら下げておいたおかげか、朝起きると枕元にはプレゼントがあった。

今日がクリスマスだろうとなんだろうと朝練はいつものようにあって、俺はプレゼントの中身を確認してから洗面所に降りて行った。

そこにいたのは、やっぱりねーちゃん。

おはよう、と一応声を掛ければ「おは」と途中で洗面器に顔をダイブさせながらの言葉が返ってきた。

そんなに眠いなら、まだ寝てればいいのに。

ねーちゃんは今月の初めに生徒会を引退して、もう朝早く学校に行く必要はない。

氷帝はエスカレーター式だから、受験をする必要もない。

てっきり朝は遅く出て、夕方も早く帰ってきてなるべくゲームの時間を増やすのかと思ってたけど、逆にねーちゃんのゲーム時間は減っていた。

芥川さんとの関係は、まだ続いてるみたいだ。

こっちが勝手にねーちゃんへ暴言を吐いてからというもの、なんとなく居づらいこともあって、俺とねーちゃんが一緒にいる時間もどんどん減っていた。

この二か月くらい、夜更かしもしていない気がする。

朝練に遅刻しそうだと慌てて朝ごはんを食べていれば、まだパジャマ姿のねーちゃんがキッチンにいるかーちゃんに何か言っているのが聞こえた。



「今日の帰りちょっと遅れるかも」



去年まではクリスマスといったら家族全員で無理してでも早く帰ってきて、家でかーちゃんの作ったごちそうやケーキを食べていたのに。

かーちゃんはいつもチーズケーキしか作らねえよな、他のケーキも食いたいのにってねーちゃんと文句を言いながら、でも全員で笑ってたんだ。

そういえば、この前丸井先輩が言ってたっけ。

俺もそろそろ家族じゃなくて可愛い彼女とかとクリスマス過ごしてえなー、って。

きっとねーちゃんも、丸井先輩と同じ考えなんだ。

俺はまだまだそうは思わねえけど、中三になったらそう思うようになるのかもしれない。

今日真田副部長に会ったら訊いてみよう。

いや、やめとこう、また鉄拳をお見舞いされそうだ。





この時期は、一番日が短いらしい。

「冬至」という日があるんだ、と柳先輩が教えてくれたけど、意味はよくわからねえ。

四時過ぎには暗くなり始めるから部活はほとんどできなくて、すぐに下校時間になってしまう。

なるべく早く家に帰ろうとして、部室の鍵を閉めてから学校の目の前にあるバス停へと急ぐ。

ねーちゃんが忘れ物を届けてくれた時に座っていたベンチには、別の誰かが座っていた。

今日はクリスマスだけど、ねーちゃんは夕飯にはいない。

そう考えるとなんだか怒りと寂しさと、いろんなものがごちゃまぜになってくる。

俺やとーちゃんやかーちゃんより大事な奴が、ねーちゃんにはできたんだ。



「あの、切原君」
「あ?」



ほとんど夕日が沈んで暗くなった景色の中を歩いていると、誰かに呼び止められた。

バス停は目と鼻の先だし、周りも暗くてよく見えねえけど何人か他の関係ない奴がいるのもわかる。

そろそろバスが来る時間にもなりそうだから、用事があるなら早く終わらせてもらいたいんだけど。

こっちに少しずつ近づいてくる奴にそう言おうと思ったのに、言えなかった。





結局、学校を出るのは一時間もあとのことになっちまって、すっかり暗くなった窓の外を見て、ため息しか出なかった。

いきなり声をかけてきた奴は、同じクラスの女子だった。

俺が誕生日の時にプレゼントをくれた奴と同じ、仲の良い女子。

そいつに告白された。

付き合ってくれませんか、って。

ねーちゃんのことばっかり考えてた俺にはまず理解できなかったし、なんとなく言われてることがわかってきても、いまいち実感がわかなかった。

答えは決まっていたのに、何度も何度もねーちゃんと芥川さんの顔がちらついて、うまく答えを言いだすことができなかった。

周りに人もいたからとりあえず外じゃなくて校内の空いてる教室に連れてって、じっくり話をした。

ねーちゃんがそうだったように、もしかしたら俺も家族と同じくらい大切なものができるんじゃないかって。

でもやっぱり、そんなことはなかった。

クリスマスとかそういうイベントの時に一緒に過ごそうと思える相手ではなかったし、買い物に行きたいとも思わない。

俺にはまだ彼女というものは早いんだと思う。

家族や友達と一緒に、とか、一人でなんかやってる時の方が、「彼女」っていうものと時間を過ごすより楽しいと思えるから。

告白を断ったことは後悔していないし、そうするしかなかったとも思う。

でもこれからバス停を降りて、家に行っても家族は全員揃ってはいない。

やっぱり、「彼氏」ってことでねーちゃんを取ってた芥川さんのことはちょっと嫌いだ。

室内の暖房の温度が合ってなかったのか、窓が白く曇っていて外が見えなくなってきた。

放送のアナウンスを聞いて、定期を見せてバスを降りる。

六時から夕飯だって言ってたのにちょっと遅れちまったこと、かーちゃんに何て言おう。

連絡するのもすっかり忘れてた。



「赤也、遅い!寒い!」
「つめてっ!何すんだこんにゃろ…って、ねーちゃん!?」



バス停に誰がいるのかなんて見ずに歩き出そうとしたら、突然首筋にひんやりとした手が当てられた。

振り向いてみればそこには鼻先を真っ赤にしたねーちゃんがいて、俺から手を離して慌ててコートのポケットに突っ込んでいる。

なんでこんなところにいるんだよ。

今日は遅くなるって言ってたじゃんか。

俺が何か言うよりも前に、ねーちゃんはマフラーに口をうずめながらモゴモゴと言った。



「勘違いしてるかもしれないけど、クリスマスを彼氏と過ごそうとか考えてないからね」
「…え」
「第一、彼氏がいない」
「だって、芥川さんが」



俺が言い切るよりも早く、またねーちゃんは言った。



「ジロー君が好きだったかもしれないっていうのは本当。でも、恋愛感情としては好きじゃないってわかったの」
「は?恋愛感情?」
「なんかジロー君といても弟が一人増えたような感じでねー」



ほら行こ、と再びポケットから手を出したねーちゃんに腕を掴まれ、歩き出す。

方向は家とは真逆だ。

だけど、今はそんなことに突っ込んでる余裕なんてなかった。

芥川さんとねーちゃんはどんな関係なのか、知りたかった。

ねーちゃんがクリスマスも俺たちと過ごしてくれるってわかって、嬉しかった。



「私の可愛い弟は赤也だけで十分!」
「…きも」
「えっ、ひどい!赤也だって私がジロー君と付き合ってるって思って不機嫌だったじゃん、可愛かったけど」
「はああ!?不機嫌になってなんかねーしっ」



口では思わず突っぱねちまったけど、すげー嬉しかった。

もしかしたら俺が芥川さんにモヤモヤしてたのは、ねーちゃんに素直に甘えてるあの人がうらやましかったのかもしれない。

そんなこと、本人の前ではぜってー言わねえけど。

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