チビマネと大王様 | ナノ


▼ 見習い期間

マネージャーの仕事を一から教えてもらえば、予想以上の仕事の多さだった。

一回の説明で覚えきれるのかという不安が頭をよぎり、知らぬ間に表情にも出ていたらしい。

「わからなくなったら何回でも聞いてくれていいから」という清水の声に後押しされ、救急バッグの中身を確認する。

絆創膏、簡易包帯、湿布、その他緊急用の小物。

備品が切れていた場合に買い付けに行くスポーツショップを教えてもらっていると、ランニングから帰ってきたらしい田中と菅原の二人が戻ってきた。

そしてその後ろからは、他の部員が体育館の中へと入ってくる。



「お、清水と会えたんだね。よかったよかった」
「潔子さん今日もお美しいッス!」
「…ドリンク、作りに行きましょうか」
「はい!」



怨念に近いような田中の突き刺さる視線を感じながら、紗代は清水の後をついていく。

田中がどれだけ先輩マネージャーのことが好きなのかということはわかっていたつもりだった。

しかし、彼の恋はどう見ても一方通行のようだ。

日向や影山が体育館の中に嬉々として入るのに入れ違うかのように、紗代は体育館の外へと出た。

ふと周りを見渡すと、部室棟のある方から二人組が歩いてくるのが見えた。

どちらも背が高いようだが、眼鏡を掛けた男の方がより大きく見える。

上下の練習着の様子からバレー部だということはわかったが、紗代が上級生に対して自己紹介した時にはいなかったように思える。

あの自己紹介をしたときにはたしかに澤村が「マネージャーの清水以外の部員はこれで全員」と言っていたから、おそらくあれは一年生なのだろう。

今日でこぼこコンビの二人と試合をする予定のはずだ。

彼らが近づいてくるより前に、紗代は清水の背中を追うために背を向けた。

自己紹介はまた後でしよう。





ドリンクの作り方を教えてもらい、ジャグ一杯にドリンクを作った。

今はそのドリンクを一つ一つのボトルに詰め替えているところなのだが、説明をしたきり清水が口を開くことはない。

コックを開いてドリンクをボトルに入れながら、紗代はちらりと同じ作業を横でする清水の顔を見た。

一つ、訊きたいことがあったのだ。



「あの、潔子先輩はどうしてバレー部のマネージャーになったんですか?」
「…紗代さんはバレーの試合を見たことはある?」
「体育の授業でやっているところくらいしか」
「男子のバレーってあまり生で見る機会がないけれど、実際に目の前で見ると圧倒される」



ボトルから目を離すことなく、淡々と続ける清水の横顔に紗代は思わず釘づけになってしまう。

どんな言葉が彼女から続けられるのだろう。

手に持ったボトルが、どんどんと重くなっていく。

同時にドリンクの冷たさが手にも伝わるような気がした。



「今日の試合を見ればわかると思う。一度見ると、ハマった人は抜け出せなくなるから」



自分もおそらくハマる方の人間なのだろうか、と紗代は思った。

田中のスパイク一つを見て、すでに目を奪われているのだ。

試合になったらどんな風に思うのだろう。

その経緯を清水に話してみると、「じゃあ、きっと抜け出せなくなるわね」とくすりと笑った。

それから、と続けた彼女の言葉が耳に届く前に、手に冷たい液体がかかるのを感じた。



「そろそろそのボトル……ごめんなさい、遅かった」
「わーっ!?私こそごめんなさい、ドリンクがもったいない!」
「とりあえず、コック閉めましょう」



どこまでも冷静な先輩マネージャーと、おっちょこちょいの新米マネージャー。

二人のコンビも、まだ始まったばかり。

試合開始まで残り10分。

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