チビマネと大王様 | ナノ


▼ 先輩マネージャー

なぜそんなにひどいクマを作っているのですか、と訊いてみたところ、菅原には「内緒」と言われた。

しかし彼よりもっとひどいクマを作っていた田中に訊いてみたところ、あっさりと教えてくれた。

一年のでこぼこコンビが早朝に体育館で練習できるよう、鍵当番をこの一週間ほどやっていたらしい。

早朝4時には学校に来ている必要があったため、寝不足必須。

菅原もなんだかんだと言っても二人のことは気にかかっていたようで、7時から始まる朝練習の1時間以上前には体育館を覗くようにしていたらしい。



「先輩たち、かっこいいですね」
「そうだろう!?俺を敬え、辻内!田中先輩と呼べ!」
「もう呼んでるじゃないですか」
「鋭い突込みだね、田中ドンマイ」
「その鋭利な突込み、潔子さんに通用すると思うなよ!?」



潔子さん、というのは紗代の先輩マネージャーにあたる清水の下の名前である。

どうやら田中は清水に恋に近い感情を抱いているようであり、彼女のためなら火の中水の中の勢いである。

これで清水先輩が目の前にいたらこの先輩はどうなるのだろう、というのが紗代の現在気にかかることだ。

しかしその疑問も直に解決する。

今日は土曜日、ついに一年のでこぼこコンビの試合の日。

そして、先輩マネージャーである清水と新米マネージャーの紗代が初対面する日でもある。

部活が始まる前に外をランニングしてくるという菅原と田中を見送り、体育館に残ったのは紗代一人きり。

あと少しすれば他の部員が来るはずであるが、それまでの時間をどうするべきか。

ネットの調整については初心者である彼女ができるはずもなく、かといって他のマネージャー業らしきものはまだ教えてもらっていない。

体育館の隅にありそうなゴミでも捨てようかと紗代が歩き出そうとすると同時に、後ろから凛とした声が掛けられた。

男子バレー部しか使っていない体育館には似つかわしくない、綺麗な女性の声。



「もしかしてあなたが辻内さん?」
「はい!えっと、清水先輩、ですか?」
「ええ…こんにちは」
「こんにちは!」



思わず紗代の声が大きくなってしまったのには、きちんと理由がある。

先輩マネージャーである清水が予想以上に美人だったということだ。

田中や他の先輩の話を聞いていたために、美人だということはわかっていたつもりだった。

しかし、ここまで綺麗な人だとは思わなかった。

艶のある黒髪に、切れ長の目に眼鏡は良く似合っていて、口元にある黒子は色気がある。

165センチほどはあろうかという女子にしてはスラリとした長身で、スタイルは抜群。

まさに紗代にとって理想の女性であった。

なりたくてもなれないような、凛とした女性。



「バレー部に入ってくれてありがとう。今まで私しかいなかったから助かります」
「一年の辻内紗代です、よろしくお願いします!」
「清水潔子です、よろしく」



清水の目は、目の前で大きく頭を下げる紗代に注がれていた。

マネージャー希望の一年がいる、と澤村から聞いて、彼女はまず驚いた。

一時は強豪として知られた烏野の男子バレー部であったが、今は強豪でも弱小でもない微妙な地位を占めている。

そして当然だが、烏野には他にもたくさんの部活がある。

マネージャーとしての人気が高いのはバスケ部や陸上部であり、バレー部はそこまで人気が高いわけではない。

実際、清水と紗代の間の学年では誰も入ってこず、三年が引退となったらマネージャー業が廃れてしまうところだった。

まさに救世主という状態で入ってきた紗代に興味は持っていたのだが、様々な用事が重なって部活に顔を出すのが今頃になってしまった。

150センチほどの小さな体だが、元気の良い声。

自分とは違うタイプのマネージャーに、清水は頼もしさを感じた。



「それじゃあ、仕事を教えます。付いてきて」
「はい!」
「あと、」
「はい?」



今日の部活に来る前に、同じ学年である澤村と菅原に注意されたことがあった。

自分でもわかってはいるものの、なかなか治らない癖。



「あまり笑ったりはしないけれど、紗代さんに対して怒ったり嫌っているわけではないから気にしないで」
「大丈夫です、田中先輩から潔子先輩はクールビューティーな人って聞いてますから。これからよろしくお願いします!」
「…ありがとう」



あとで田中にどのようにくぎを刺しておこうか。

口端を少しだけ上げて笑みを見せた清水が考えていることに気づくはずもなく、紗代は明るい笑顔を見せた。

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