▼ 新たなメンバー
体育館に入って顔を上げると、まずボールが床にたたきつけられるのを見た。
それはおそらく今、目の前で床に着地したばかりの坊主頭の男が放ったスパイク。
目の前で、こんなに迫力のある音や威力があるボールを初めて見た。
扱う人が違えば、ボールというものはあんな音が出せるのだろうか。
床にたたきつけられた後にコロコロと転がっていくボールを吸い込まれるように見る紗代の姿を見つけ、坊主頭の男が大きな声を上げた。
「うおおおっ、女子!?スガさん、隣にいるの女子ッスよね!?」
「うん、女子。マネージャー希望で見学に来てくれたみたい」
「うおおおおお!!」
「田中、お前は少し黙れ」
先ほどからほとんど雄叫びしか上げていない「田中」と呼ばれた男に、厳しく注意するのはキャプテンである澤村だ。
休憩、と指示を出した後に、紗代の近くへとやって来る。
周りで飲み物を飲み始める部員を見ていてもわかるとおり、やはり男子バレー部というだけあって皆身長が高い。
部長である澤村も例外ではなく、紗代の目の前にやってきた澤村はやはり見上げるほどの大きさだ。
練習中は厳しい顔つきをしていた澤村であったが、いったん休憩に入れば穏やかな顔になる。
その顔のまま、彼女に声を掛けた。
「部長の澤村だ。マネージャー希望らしいが、もしかして武田先生から?」
「あ、はい!マネージャー募集してるからどうかと言われまして」
「やっぱり。うーん、本当は先輩マネがいりゃよかったんだが…清水は今日来るっけ?」
「いや、来ないかも。備品買い足しに行くって言ってたし」
「だよなあ…」
途中から紗代の隣にいた泣き黒子の男に話を振り、ガリガリと頭を掻く。
先輩マネ、という人は清水さんというらしい。
何年生なのだろうか、仲良くできるのだろうか。
紗代がまだ見ぬ清水さんとの交友について頭を巡らせていると、考え込んでいた澤村が一つの答えを出した。
先輩マネがいないのなら仕事の説明もできないため、この場で練習を見ていてほしい。
そうすればきっと、なんとなく何をすればいいかもわかってくると思うから。
とりあえず初日だし気楽に、という澤村の言葉に紗代はぺこりと頭を下げる。
男子の運動部というイメージがあったから勝手にスパルタな人々を思い浮かべていたのだが、周りにいるのは穏やかな人たち。
澤村と泣き黒子の先輩しか話してはいないが、落ち着きが感じられる。
「辻内、さっき田中のスパイクに見入ってたね」
「男の人がバレーのスパイクを打つの、生で初めて見て」
「そうなんだ」
目の前で行われる練習から目を離さない様子の紗代を見て、泣き黒子の男は口にゆっくりと弧を描いた。
身長150センチ程度であろう彼女。
その小さな体で、この部活でどのような活動をしてくれるのだろう。
先輩マネージャーである清水とは違ったタイプの女子である彼女はどんな形でこの部に関わってくれるのだろう。
体育館の外でいまだに言い争いを続けているのであろう後輩男子二人の顔も思い出され、男はくくっと小さく喉を鳴らして笑った。
今年の一年生は、興味深い子ばかりだ。
「俺は菅原孝支。三年で副主将をやってるんだ、よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします、菅原先輩」
「そんな堅苦しくしないでいいよ、スガさんとかで」
慌てたように頭を下げる紗代の身体が、さらに小さく見える。
笑顔のまま、菅原はバレーコートへと視線を向けた。
新たなチームが、少しずつ結成され始めていた。
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