▼ 先生の紹介
自分が優柔不断だということをすっかり忘れていた。
あれもいい、これもいい、と悩んでいるうちに部活見学期間がスタートしてしまった。
せっかくだからどこかの部活を見ていこうかと思うものの、どこから見ていこうか。
出来たばかりの友達はマネージャー希望の子はおらず、もう入りたい部活も決まっている子が多い。
もしくは帰宅部になって、自由の身を選択している。
誰かマネージャー希望の子は、と周りを見渡してみるものの、やはり誰も行きそうにない。
大きくため息をついてから紗代は大量に貰ったチラシを見比べ始めた。
この時期、上級生は一年生を一人でも多く引き入れようと必死である。
そのため登下校をしているだけでも大量にチラシを貰うことになり、一つの部活のチラシを何枚も持っていることがほとんどだ。
クラスメートの多くが希望の部活見学に行く中、紗代だけ一人放課後の教室から動くことができない。
小さくうめいてから机に伏せた紗代の姿を廊下から見つけ、満面の笑顔でやってきた一人の男がいた。
「えっと、辻内さんでいいんだよね?」
「あ、先生!えっと、先生の名前は…」
「僕の名前は武田。現代文担当だよ」
「すみません、まだあまり慣れてなくて」
「うん、大丈夫大丈夫。ところで辻内さん、マネージャーになりたいって言ってたよね?」
くせっ毛の黒髪に、四角いめがね。
少しくたびれたようなワイシャツにウィンドブレーカーを着て、ゆるやかなシルエットのズボンを履いた二、三十代の男性教師。
彼女のクラスの現代文担当である武田は、担当の授業の時に紗代が言っていたことを忘れてはいなかった。
どこかの部活のマネージャーをしたい、とたしかに彼女は言っていた。
確認するかのように訊いてきた武田に、紗代はよく意味の分からない様子ながらも大きく頷いた。
マネージャーをしたいという意思は変わらないもの。
たとえそれがどこの部活であっても、三年間続けたいという気持ちも変わらない。
「じゃあさ、もしよかったら男子バレー部に来てみない?僕もちょうど顧問になりたてでね、マネージャーさんも募集してるみたいだから」
全然断ってくれてもかまわないんだよ、と顔の前で手を大きく横に振りながら武田は話す。
しかし、これは紗代にとっては願ってもなかったチャンスである。
自分一人では決められなかったことならば、この機会に乗るのが得策。
思い立ったら即行動、と彼女は席から立ち上がった。
そして武田の顔を見上げながら、明るく言い放った。
「ぜひ見学させてください!」
どんな人たちが待っているのだろう。
どんなことが待っているのだろう。
小さな手を、紗代は強く握りしめた。
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