チビマネと大王様 | ナノ


▼ 初夏の日のこと

彼が訪ねてきたのが今日という日だ、というのが唯一の慰めかもしれない。

音駒高校がお昼の新幹線で帰る今日、烏野高校も今日の午後の練習はオフになった。

宿題をきちんと終わらせるように、という目的だったのだが、紗代の午後は急きょ予定変更だ。

突然やってきた他校の主将に付き合わなければならない。

隣を鼻歌交じりで歩く端正な顔立ちの男をちらりと盗み見れば、ぱちりと目が合った。

にっこりと笑った彼は、嬉しくてたまらないといった様子だ。



「及川さん、今日練習ないんですか」
「あるよー、もちろん!けど、岩ちゃんに任せてきたから」
「岩ちゃん?」
「うん、岩ちゃん。チビマネちゃんも見たことあるはずだよ」



そういえば青葉城西高校の3年生で、髪がツンツンと立った男がいたように思う。

練習試合のときは及川にばかり気を取られていて、じっくり話すことはできていないけれど。

いったいこの他校の主将は何をするためにここまでやってきたのだろう。

練習まで放り出して、わざわざ他校にまでやってくる意味がよくわからない。

おまけに彼の隣に並んで立っていると、とにかく道行く女性からの視線が突き刺さる。

それはそうだ、彼は言ってしまえばとても端正な顔立ちをしていて、身長も高いから人の目を引きやすい。

長身の月島と並んで歩く時とはまた別の視線を感じるのだ。



「チビマネちゃん、今何か余計なこと考えてない?」
「余計なことというか、なんで及川さんがここまでやってきたのかなって」
「俺のことならいいけど!」



全く話がかみ合わないが、及川はとても上機嫌だ。

にこにことした様子でこちらをたまに見ては、隣を悠々と歩いている。

何か目的があるのでは、と聞いてみても「今日はチビマネちゃんに会いに来ただけだからね」というばかり。

なぜ自分に会いに来たのかということが知りたいのだが、そこを教えるつもりはないらしい。

貴重な5月の連休、こんなところでのんびりと歩いていていいのだろうか。

訳が分からないといった様子で歩いている紗代の横で、及川は自分の行動力を自画自賛していた。

わざわざ練習を休んでここにやってきてよかった、烏野高校にたどり着いた時の他の男子生徒の顔を写真で撮っておきたかった。

烏野も他の学校のメンバーも、驚いたようにこちらを見るばかりで彼女を連れ去ろうとする自分に口を出すこともできなかったのだ。

写真の中で彼女とお見合いのように向き合っていた金髪モヒカンの彼など雷に打たれたような顔をしていたし、とても気持ち良かった。

そして今隣にいるのはまさしくチビマネだ。他の誰でもない彼女。

学校が離れていることから物理的距離が常にある彼女だが、今日はこんなに近くにいる。

何故だかその事実がとてもうれしかった。

きっとあの写真を見て、自分のおもちゃが他の誰かに取られるような気がしたんだろう。

誰だって面白くて、今夢中になっているおもちゃを他の人に取られると思ったら焦るだろう?

だから自分の行動は間違っていない、及川はそう思い込んでいた。



「さあ、今日は何をしようかチビマネちゃん!」
「本当に何しに来たんですか及川さん」



それは夏が始まる前の、穏やかな休日だった。

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