チビマネと大王様 | ナノ


▼ 違う場所

なにげなく送ったメールに対し、及川は驚くほど素早い反応を見せた。

それは紗代にとって予想外のことであり、思わず送られてきたメールを端から端へと何度となく読んでしまう。

部員たちは一、二年と三年という二つの部屋しか与えられていないにも関わらず、彼女がいる部屋は一人部屋。

同じ二階にある部屋は紗代のものの他には顧問の武田とコーチである鵜養の部屋。

この三人は一室ずつの部屋があり、部員たちは下の一階にいる。

一階にも空き部屋があるのだが、清水や武田、三年の強い勧めで二階に落ち着くこととなった。

その方が紗代にとって安心でもある。

夕飯が終わり、自由時間になった今も彼らは騒がしい。

ちょうど下にあるのは一、二年の部屋なのだろうか、何か大声で騒ぐ声が聞こえてきた。

何を言っているのかは聞き取ることができない。



「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、と」



てっきり清水が一緒の部屋だと思っていたため、暇つぶしになるような本は持ち合わせていない。

かといって勉強する気にもならず、珍しく紗代は携帯とにらめっこ状態のまま、メールを返していた。

普段あまりメールをしないため、こういった雑談のメールができるのは及川しかいない。

他校の一回だけあった先輩。

影山との会話の種になるような話題を提供してくれるといった先輩。

考えてみれば影山のことよりも、彼とは関係のないことばかり情報交換している気がする。

清水に一度、「彼には気を付けた方がいい」と言われたことがある。

軽薄そうに見えて頭の回転はとても速く、ひねくれた男であると。

もしかしたら自分は、彼にうまく利用されているだけなのかもしれない。

もちろん烏野にとって不利になる情報を回したくないため、バレーに関してのことは教えていない。

こうして合宿が始まっていることを知らせたことも、どこかで情報として利用されているのかもしれない。

それでも紗代は、彼からのメールを少し嬉しく思ってしまう。

「烏野のチビマネちゃん」という肩書は、自分も烏野の一員だと認識させてくれるから。

自分でも気づいていないけれど、他にも何か理由があるのだろうか。

合宿所に女子一人という現状を知って心配する文面を一杯に送ってきた及川に返信を打ちながら、頭の中でも彼のことを考えていた。





お風呂に入り、ドライヤーで髪を乾かしてから脱衣所を出てもまだ、廊下の奥の方からにぎやかな声が聞こえてきた。

時刻は十一時指そうかというところ。

そろそろ沢村の雷が落ちる頃だと思いながら、紗代は二階へ行こうと階段に足をかける。



「君、警戒心なさすぎって言われない?」
「月島君!いつからそこに」
「君が来る前からいたけど」



暗闇だとばかり思っていた方向から声がしたため、紗代があわてて振り返ると同時に電気が点けられた。

ちょっとしたロビーにもなっているような玄関近くのソファから、月島がこちらを見ていた。

相変わらず、彼のことは少し苦手だ。

普通に話していても一つや二つ皮肉を言われるし、褒められたことは一度もない。

隣にいても落ち着くというよりも、緊張感が増す。

ソファ近くからこちらに向かってきた月島は、階段に足を一段かけた紗代よりも視線が高いところにある。

眼鏡をかけたまま紗代を静かに見下ろす彼は、いつもと少し違う気がした。

場所の違いか、時間の違いか、それとも。



「少しは自覚しなよ」
「つ、きしまくん?」



不意につかまれた手首への力の強さに、少し上にある月島の顔を見つめることしかできない。

彼の鼻を、紗代の髪のシャンプーの匂いが抜けていく。

一瞬、自分がその匂いに包まれるように感じた。

風呂を出たばかりのせいか、少しだけ赤く染まった頬に湿ったまつ毛。

その顔でこちらを見るなんて、そんなの卑怯だ。

月島は小さく舌打ちをし、手首を離した。

わずかに赤くなっているその部分を見て、自分のコントロールできていない力の強さに彼は再び苛立つ。



「女子一人なのに誰にも部屋に来てもらえないなんてかわいそうに」
「…はあ」
「それじゃあ、せいぜい早く寝れば」



一体彼は何をしに来たんだろう。

痛みは感じないが、彼が掴んでいた腕の痕はしっかりと残っている。

自室に戻り、蛍光灯の下でもなお、その痕はにぶく存在感を放っているように見えた。

そして翌朝には、何事もないかのように消えてしまった。

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