チビマネと大王様 | ナノ


▼ 合宿前夜

音駒高校を駅に迎えに行った日のことだ。

烏野高校の校舎に隣接するように建てられた合宿所の中で、一人の女子生徒の悲鳴のような叫び声が響き渡った。

声元は一階の台所で、夕飯のカレーを作ろうとしていたマネージャー二人と三年の男子部員しかそこにはいない。



「潔子先輩、ここに泊まらないんですか!?」
「清水、言ってなかったの?」
「…忘れてた」
「考えてみれば今年からは辻内がいるんだよな、男の中に女子一人か…」



明日から本格的に始まるゴールデンウィーク合宿。

朝から晩までみっちり練習漬けになるため、男子バレーボール部は前日の夜からこの合宿所で数日間寝泊りすることになっていた。

この場所なら高校の体育館もすぐ近くにあり、終電などに気兼ねなく練習に打ち込むことができる。

紗代も家から宿泊のための大きな荷物を持ってきており、合宿所に当然のごとく寝泊りする気であった。

しかし、男子バレーボール部の中で二人しかいない女性のうち、もう一人の清水はここに泊まることはないのだという。

家が近いため、夕飯を作ったらそちらに帰ってしまうらしい。

思わず切り終えたばかりのニンジンを鍋ではなく床にばらまきそうになるほど、紗代にとっては予想外の展開である。

しかし、自分の家に帰っているとどうしても練習が終わる時間を気にしながらのものになってしまう。

せっかくの合宿なのに、その事態は避けたい。

頭を抱えた三年の中で、東峰がおずおずと手を挙げた。



「清水の家に泊まることはできないかな?」
「ごめん、今夜両親の帰りが遅くて…許可が出るかどうかわからない」
「いや、あの、私大丈夫です!早く寝ますし!」


紗代にとって合宿とは今まで経験したことのない青春を象徴するものであり、少しでも長い時間部員たちと過ごしたかった。

できれば先輩マネージャーの清水ともっと深く話をしてみたかったが、こればかりはしょうがない。

第一いまだ中学生にも間違えられる自分に何かが起こるとも思えないし、清水がいないならば部員たちはおとなしいことだろう。

紗代の主張に対し、三年はなおも心配そうに顔を見合わせる。

そこにやってきたのは、なぜかすでにほろ酔い加減の鵜養であった。

事情を聞いた鵜養は、紗代の顔をじいっと見つめてから彼女の背中をたたいた。



「ま、大丈夫だろ!な!」
「はい!」
「じゃあお前らカレー作りに戻れ、俺はもう腹が減って仕方ないからな!」



コーチの一言により、紗代が合宿所に留まることは許された。

困ったことがあったら何時でもいいから清水に連絡を取ること、出来る限り一人にはならないこと。

いくつかの約束を清水と交わし、合宿前の夜が始まった。





今日もまた、あの小さなマネージャーに夜のメールを送る。

いつもは「おやすみ」だけなのだが、明日からはゴールデンウィーク。

少しくらい早くからメールをしたっていいだろう。

明日から行われる遠征の準備をしながら、及川は素早い手つきで携帯を操作していく。

返信は、一時間ほどしてから返ってきた。

聞けばどうやら明日から合宿が始まるらしく、すでに学校近くの合宿所で寝泊りを始めるようだ。

烏野はもともと弱いわけではない。

近年は落ちた強豪と呼ばれていても、良い選手はいくらでもいるのだ。

そこに今年からは自分の中学の後輩である影山が入り、影山との謎の連携を見せる坊やも入り、他にも有望な一年が入っている。

もはや油断できるような相手ではない。

それに、このチビマネもいるのだ。

律儀にメールを返してくれる、一度会ったきりのこの子。

烏野の人間関係を乱そうと思って近づいたのに、いつの間にかこの子とのメールを純粋に楽しんでしまっている自分がいる。



「烏野は女の子が二人もいるし、楽しそうだなー」



及川率いる青城にはマネージャーはいない。

部員数が足りているため、雑用などはすべてレギュラーに選ばれなかった部員がやれば事足りるのだ。

むしろ、仕事量よりも部員の数の方が圧倒的に多い状態。

明日持っていくものをすべて詰め、スポーツバッグのファスナーを閉める。

今度は数分でメールが返ってきた。

いつもは携帯を近くに置いていないようで、「メールが来ても気づくのが遅い」と言っていた彼女だったが、今日はずっと画面を見ているのだろうか。



「……え?」



返ってきた文面は、自分が想像していたものとははるかに違う状況の説明。

自分一人の部屋で思わず出てしまった独り言は、次の瞬間に文字を打つスピードの原動力になったかのようだった。

今、ここで彼女の声が聞けたらいいのに。

電話番号しか持っていない自分がもどかしい。

メールという頼りない通信手段だけしかないなんて。

prev / next

[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -