▼ それぞれの夏
小さなマネージャーに近づいたのは何のためか。
最近、そのことを考えることが多い。
一番の理由は、烏野の人間関係をぐちゃぐちゃに引っ掻き回してみたかったから。
自分の部活のマネージャーが他校の主将と連絡を取っているなんてわかったら、部員たちはきっと動揺するだろうという計算だった。
実際にどんなリアクションをするのかはわからない。
あの子も烏野の部員に自分とメールをしているのは言っていないようだし、言うつもりもないようだ。
こちらとしてはメールをしている、という事実さえ作れればそれでいいわけで。
いつ他の部員にバレるのかなあ、なんて思っている間に事態は変わった。
なんとあの子と影山が仲良くなったようなのだ。
別にあの子が誰と仲良くなろうと、こちらの知ったことではない。
むしろ影山と近づけば近づくほど、事実を知った時に影山の動揺は大きくなるだろうし、それは願ってもみないこと。
そう、そのはずだった。
「なーんかモヤモヤする!岩ちゃん、あとでサーブ練習付き合ってよ」
「はあ?まあいいけど、いきなりなんだよお前」
素直に喜べない、この感じ。
すっきりしない心のまま、及川はコートへと向かう。
今日は少しだけ、ボールを持つ手に力が入ってしまいそうだ。
東峰と共に駅に向かってみるも、音駒高校が乗ってくる予定だという電車の到着時刻までまだ時間があった。
待合室で並んで座り、リュックの中からドリンクボトルを差し出す。
体力をつけるという理由で東峰は学校から駅まで走るように烏養から指示を出されていたため、彼の額には大粒の汗が浮かんでいた。
ゴールデンウィークに入っていないとはいえ、春の陽気の中でも身体を動かせば汗はかくもの。
「旭さん、これどうぞ」
「え?ああ、ありがとう」
傍から見ると、少し不思議な光景だった。
よく社会人に間違えられる東峰と、いまだに中学生に間違えられる紗代。
その法則はここでもしっかりと発揮されており、周りからの好奇の視線に晒される。
止めになったのは、電車から降りてきたばかりの年配の女性二人組の言葉だった。
音駒高校のメンバーが乗ってくる予定の電車だったために二人並んで話をしながら改札に向かった際、にこやかにこう言われたのだ。
「あら、かっこいいお兄さんね。もしかしたらお父さんかしら?」
「ヒゲもあるしお父さんよ、お出かけ楽しんでらっしゃいね」
兄弟に間違えられるかもしれないという思いはあった。
しかしまさか、親子に間違えられるとは。
遠い目をした烏野高校バレー部の部員二名に迎えられた音駒高校のバレー部員は、不思議そうな顔をしながら東北の地に降り立った。
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