▼ プリント配布
及川と知り合ってからというもの、ますます影山からの視線が厳しくなったような気がする。
本来ならば彼と少しでも仲良くなれるようにと思いメールを始めたにもかかわらず、これでは逆回りだ。
及川から教えてもらう情報は、どれも初耳のものばかり。
というよりも、これを影山に教えたら絶対に怒るだろうという話題ばかりなのだ。
そんなネタを彼の前で話せるわけもなく、今日も挨拶を交わす程度の関係に留まったまま。
そしてその彼に、今から部活の連絡を回しに行かなければならない。
数日後に控えたゴールデンウィーク合宿の詳細版が出たようで、なるべく早く回してほしいと昼休みに澤村から渡されたものだ。
1組の日向のところへ向かうときは感じなかった足取りの重みを、今は強烈に感じる。
影山のクラスにたどり着き、ドア付近にいた適当な生徒に影山を呼び出してもらえば、こちらにずんずんと近づいてくる。
180センチはある彼がゆっくりとくるというのはなかなか迫力があるもの。
「はい、ゴールデンウィーク合宿についての詳細のプリント。わからないことがあったら放課後大地さんに聞いてくれる?」
「…どうも」
やはり、この人との会話は続かない。
プリントを見たまま動こうとしない影山に、紗代もどうしたものかと立ち尽くしたまま。
颯爽と身をひるがえして席に戻ってくれればこちらも次のクラスに行けるものの、これでは動けるはずがない。
それじゃあ、と別れを切り出すべきかどうか彼女が悩んだところで、耳に飛び込んできた言葉があった。
騒がしい昼休みの学校の中で、小さくひねり出すような声が聞こえたのは偶然だ。
「バレー、好きなのか」
「う、うん!自分ではできないけど、皆がやってる姿を見てるとこっちまで引き込まれるというか」
あの子はバレーが好きだよ、という菅原の言葉を思い出して話を振ってみれば、予想以上の反応が返ってきた。
途端に弾けたように話し出す紗代の視線から逃れるかのように、影山は目をそらす。
何も彼女を嫌っているわけではない。
会話を終わらせようとしていたわけでもなかったのだが、結果として毎度上手い返しが思いつかずに沈黙を生んでしまったのだ。
同じ学年のマネージャー。
彼女の働きもあってこそ部活が成り立っているということを忘れそうになる。
ついついボールやコートに立っている人々にしか目が向かないが、その外にも自分たちの姿を見ている人がいるということ。
目の前でここまで熱く語るのだから、きっと彼女の底にある気持ちは自分と同じ。
「ごめん、つい喋りすぎちゃった」
「別にいいんじゃないか。バレーのことなら俺はそれ以上語れる」
「これ以上!?」
「ああ、また今度話してやる」
じゃあな、と背中を向けて戻っていく影山と別れてから、紗代は元気よく隣のクラスへと向かう。
そして隣の教室の出入り口に近づいてから、はたと足を止めた。
先ほどは自分が話すことに集中していて頭に入っていなかったけれど、影山はたしかに言っていた。
「また今度話してやる」と。
つまり、次の機会はあるということで。
同じ部活なのだから当たり前なのだが、話す機会が確実に与えられたということだ。
どうしよう、次は何を話そう、少しは距離が縮まったのかな。
及川にも報告しようか。
頬のゆるみが抑えきれていない紗代の姿を教室の中から見つけ、月島は席を立つ。
何をあんなにニヤニヤしているのか。
普段はこちらのクラスの方に来ることのない彼女を偶然にも見たことで、感情が揺さぶられる。
「人の教室の前で何ニヤニヤしてんの」
「えっ!?いや、なんでもない、なんでもないよ」
「なんでもなくないでしょ。…もしかして王様と話したの?」
3組に視線が向いてばかりの彼女に気が付いてしまう自分が憎い。
こんなこと、わからない方が楽なのに。
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