チビマネと大王様 | ナノ


▼ 質問攻め

及川からのメールは毎日やってきた。

「おはよう」から始まり、「おやすみ」で終わる。

忙しいときにこちらが返信ができずにいても、彼は定期的に送ってくるのだ。

チビマネちゃん、という呼び方は変わらない。

というよりも、彼は自分の名前を知らないんじゃなかろうか。

紗代がそう思うのもある意味当然のことである。

今は学校で何の授業してるの、バレーボールは好きなの、そういえば血液型は何型?

及川からの質問は途切れることはないが、唯一名前については訊かれることがないのだ。

こちらが名乗った覚えもないため、もしかしたら本当に彼は自分の名前を知らないのかもしれない。

チビマネちゃん、という呼び方をえらく気に入っている様子もあった。



「…影山君のこともそんなに教えてくれるわけじゃないし」
「影山君がどうかしたの?」
「うわあ!?」
「ひゃあ!?ご、ごめん、そんなに驚くと思わなくて…」
「あ、私こそすみません先生」



思わず口に出てしまった言葉に反応があったことに驚き、紗代は思わず大声を上げてしまった。

後ろからやってきた武田にとっても予想外の反応だったようで二人で顔を見合わせるも、すぐに笑顔になる。

マネージャーの仕事は順調かと問いかけてくる武田に対し、彼女は大きく頷く。

清水のようにスムーズにできるというわけではないが、それなりに何をすればいいかもわかりはじめてきた。

この高校、そして部活に入ってから数週間が経ち、最初の頃の緊張感はなくなりつつある。

放課後に体育館に向かうこの道のりも、慣れ始めたものだ。

青城との練習試合からも数日経ち、本格的にチームとして指導し始めたのだ。



「バレー部のジャージを着てる姿もサマになってきたね」
「ありがとうございます。この黒いジャージを着てるとやる気がみなぎってくるというか」
「潔子さーん!」



紗代が言い切る前に、目前に迫っていた体育館から先輩マネージャーの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

今まで聞いたことがない人の声だ。

誰だろう、と確認するよりも早く、平手打ちをするような渇いた音が響き渡った。

涼しい顔で体育館の外に出てきた清水に対し、紗代と武田は掛ける言葉が見つからない。

二人の姿を見つけた彼女に言われた言葉に、静かに返事をすることしかできなかった。



「先生、紗代さん、お疲れ様です。ストップウォッチを忘れたので取ってきます」
「…いってらっしゃい」
「…了解です」





メールの送信・受信ボックスの中に、一つの名前が目立つようになった。

始まりは、この前烏野と練習試合があってから。

こちらが一方的に送り続けているようなものだけど、アドレス拒否もされていないからヨシとしよう。

それにしてもあの子はなかなか律儀な性格だと思う。

もし自分がほぼ見知らぬ他校の異性にこんなことをやられたら、ここまで丁寧に返事はしないのだろう。



「ねえねえ、岩ちゃん。部活お疲れ様ってやると『及川さんもお疲れ様です』って返ってくるんだけどさ、これって心の底から労わってくれてるのかな?」
「…お前、この数日やたら学校でも携帯見てると思ったら女子かよ」
「いーじゃん、別に。トビオちゃんと仲良くなりたい子なんだって」
「へえ、お前が影山とその女子を取り持つわけ?」
「うん。キューピッド的な存在だよね」



とっくに着替え終わった状態のまま携帯を弄る及川を横目に、彼と小学校からの腐れ縁である岩泉は自分のロッカーを開けた。

青葉城西高校の男子バレーボール部部室。

放課後の部活が終わってしばらく経った現在、そこには及川と岩泉の二人しかいない。

えー、今日どんな質問しようかなー、と言わなくてもいいことを声に出して悩む及川のことは腐れ縁のためよく知っている。

なんだかんだと言いながら、また物事をごちゃごちゃに引っ掻き回すのだろう。

そういうことに喜びを感じる、捻くれた性格の男なのだ。

正直言って味方にいても厄介である以上、敵にいたらと考えると恐ろしい。

しかも今回ターゲットにされているのは、おそらく彼が一番気に掛けており、かつ一番気に食わないであろう後輩の影山である。

一体何をするつもりのなのか、考えたくもない。



「お前それ…影山に直接なんだかんだ言うのはまだいいとして女子を使うっていうのはさすがにどうかと思うんだが」
「岩ちゃんならそう言うと思った!」



まともに答えるつもりはないのか、及川は明るくウィンクを決めたのちにまた携帯をいじり出す。

メールがまた一つ、送られてきた。

送信元はチビマネちゃん。

返ってきたのは一文だけ。



「『影山君とは今日もほとんど話せませんでした!』って…チビマネちゃんったら根性ないなあ」
「チビマネ…?ってお前、その相手って烏野のあのちっこいマネか!バレーは正々堂々と勝負するってあれほど」
「はいはーい」



適当にあしらっている及川の顔に浮かんだ表情は笑み。

むすっとした表情でメールを打ったのであろう烏野の小さなマネージャーの姿が想像できたから。

そろそろ、一つくらい影山の情報をあげようか。

…そうはいっても、元々話題になりそうな彼の情報などそんなに持ってはいないけれど。

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