▼ ぎこちない王様
ちびっこと呼ばれた二人組の怒りを上級生がなんとか鎮め、先輩マネージャーである清水から一年生全員にあるものが配られた。
「烏野高校排球部」という白い文字が背面に入った、部活ジャージ。
上下共に黒一色のジャージは、まさにカラスの黒い羽根をイメージさせる。
中学までには味わったことのない、絆の中に入れてもらったような感覚。
貰ったばかりのジャージを羽織ってみれば、その様子を見ていた清水が微笑みを浮かべて紗代の背中をポンと押した。
「よく似合ってる」
「ありがとうございます!」
同じように着てみている他の一年生を見てみても、日向は喜びを爆発させて飛び回り、月島は渋々と言った様子で着ているものの、少なからず嬉しそうな表情は共通している。
彼女の一番近くで一人ジャージに腕を通している影山の姿を見つけ、紗代は意を決して声を掛けた。
これから長い付き合いになる人なのだ。
第一印象は恐ろしく目つきの鋭い男の子というものだったが、少しでも話ができるようになればきっと変わるはず。
なにしろ、紗代にとって気軽に話せるバレー部の一年生は日向しかいないのだ。
「さっきの試合、影山君のトスすごかった。音が全然しなくて」
「…どうも」
会話終了。
こちらの目を見ることもなく、わずかに視線を外した状態で答えてくる影山に続ける言葉がない。
中学の時から周りとは頭一つ実力が飛びぬけていた彼にとって、今更バレー素人の自分は厄介な存在なのだろうか。
最初に会った時のような鋭い視線が向いていないとはいえ、なんだかこれ以上会話を続けても自分の心がどんどん折れていくような気がした。
これからよろしく、と言葉少なに締めくくった後に彼女は別の一年の方へと自己紹介をしに向かう。
隣に月島がいるのが気にかかるが、同じ一年生とは少しは話しておきたいのだ。
自分に背を向けて山口の方へと歩いていく紗代の後ろ姿をじいっと見送り、影山は小さくため息をつく。
そしてその様子に目ざとく気づいた人物がいる。
「せっかくあっちが話しかけてきてくれたのにあの返し方は失敗だったかな」
「えっ!?…あ、菅原さん」
「あの反応だと影山って女子自体が苦手なんじゃないの?」
こちらの顔を見たまま固まる影山の表情は新鮮だ。
通常の状態がしかめっ面な彼が、ここまで驚いた様子を見せるのは珍しい。
きっと彼自身も、彼女と仲良くしたい気持ちはあるのだろう。
ただそれが、うまくいかないだけで。
「まあ、今度バレーの話でもしてみるといいよ。辻内、さっきの試合すごく楽しそうに見てたから」
軽い調子で的確なアドバイスをくれる菅原に頭を下げる。
少しは話すことができるように努力しよう、という目標もできた。
しかし、数分後にはその目標は頭から取っ払われてしまった。
来週の火曜日に、県ベスト4である「青葉城西高校」と練習試合をするという一報。
影山にとってそれは、自身が手本としていた先輩との数年ぶりの対決である。
練習試合の話を聞いて途端にどよめく部員たちを尻目に、清水によって手招きされた紗代はひっそりと体育館を抜け出す。
飲み終わったドリンクボトルのカゴを抱えながら歩いていると、数歩先を行く清水からふいに問いかけられた。
「試合、楽しかった?」
初めて見た試合。
同じくらいの年のメンバーが、コートの中を走り回る姿。
一点を取るたびに嬉しそうにハイタッチを交わす姿、そして一点を失うごとにお互いを励まし合う姿。
一つのボールを全員が追いかける。
床に着くまでその一点を見つめ続けるスポーツに、思わず手に汗を握ってしまった。
もっと見ていたいと思った。
数々のドラマが目の前で生まれる、このスポーツを。
「とっても楽しかったです」
「そう。それならよかった」
次の練習試合ではスコアボードをやってみるといい、という清水の言葉に大きく頷いた。
あの世界に、自分も入りたいと思った。
陰ながら支えていきたいと。
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