▼ 残ったもの
反省会が終わり、教室に残ったのは二人だけだった。
しかめっ面のまま黒板の文字を消す真田に、柳生は咎めるように声を掛けた。
「真田君、少しよろしいですか?」
「…なんだ」
こちらをちらりと見ることもせずに黙々と黒板消しを上下させる真田の後ろ姿に、小さくため息をつく。
本当は、彼だってわかっているはずだ。
先ほどの反省会の中で生まれたわだかまり。
それが具体的になんなのかわかってはいなくとも、もやもやとした気持ちは残っているだろう。
机の位置を整えながら、柳生は口を開く。
「真田君、相手の気持ちになって考えるということが先ほどの君には足りていなかったように思います」
「何?」
「女性にとって、目上の男性に話しかけることには少なからず勇気が必要です。ましてや校則違反の制服を着た男子生徒に声を掛けることなど、かなりの勇気が要るのではないでしょうか」
そこまで言われて、真田はあの話のことかと合点がいった。
しかし柳生にどれほど責められようとも、自分は悪いことはしていない。
校則違反をしている者には注意をする。
それは風紀委員会の中でのルールであり、そこに男も女も関係があったものではない。
実際、楓は校則違反をしている生徒に気が付いてはいたのだ。
きちんとチェックしているところも真田は確認していた。
なのになぜ、という疑問が浮かんでくるばかりだ。
あとは声を掛けるだけなのに。
「すまないが柳生、俺は自分の意見を変えるつもりはない」
「…君の言っていることはたしかに正論です。しかし正論を押し付けるだけでは、正しい結果になるとは限りませんよ」
静かに教室を去っていった柳生の後ろ姿を見ることなく、真田は一人きりの教室で顔をゆがめた。
正しいことを言って、何が悪いのだ。
自分に非はないはずなのに、心に残るこの居心地の悪さはなんだ。
一人では出ない答えに、彼の表情は苛立ちが募っていくばかりだった。
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