赤、黄、時々オレンジ、そして茶。

将棋会館前の木々の葉は、夏の緑色はすっかり消え、それぞれの色へと衣替えを済ませていた。

時々強く吹く風がその葉を吹き飛ばし、コンクリートに覆われていた道を葉っぱのじゅうたんへと変貌させる。

そしてその絨毯の上を一台の車がゆっくりと進み、10分ほど走ったところで停止した。

後部座席には、空になったうな重の箱。

初めて行った時は一砂さんとスミスさんだったけど、将棋会館でうな重を主に頼んでいるのってあの会長さんだなあ…

眼鏡を掛けた初老の男性は、毎日のようにうな重を注文しているようだ。

一週間のうち配達を一日しか行わない結衣子は週に一度しか会わないが、毎日午前中に掛かってくる電話は『いつものうな重一つ!あ、もしかして結衣子ちゃん?やあやあこんにちは、会長だよー』というとてもパワフルなものであり、毎日うな重を食べているのも納得である。

そんな会長も食べたのであろううな重の空箱をちらりと目にとめてから、結衣子は車にロックを掛ける。

そして真っ直ぐに向かった先は、古風な外観の和菓子屋である。



「おう、結衣子ちゃん、いつも買ってくれてありがとうよ!」
「おじさん、こんにちは。三日月焼3つと…あとこれ、季節限定の羊羹ください」
「毎度!」
「このお店の包装紙、可愛いですよね…特にこのお重用のものとか」
「それはな、俺の孫が作ってんだ。なんなら今度、見に来るか?ひな祭り用に作るから…そうだな、次に作るのは2月くらいだけどな」
「その時はぜひ!」



笑顔で約束を交わし、結衣子は店を見渡す。

透明なケースの中に納められた和菓子は、一つ一つが輝きを放っているかのように結衣子を誘惑している。

壁に掛けられた時計はゆっくりと時を刻み、目の前で頼んだお菓子を一つ一つ入れてくれている店主の腕は、シワが多く刻まれている。

ふと、祖父を思い出した。

長野の実家にいる祖父母も、シワのある手でよく頭を撫でてくれたものだった。

そういえばこちらに引越してきてから、電話は頻繁にするものの、まだ一度も帰っていない。

久しぶりに帰ろうかな―…

そう思っていた結衣子に対し、和菓子を袋に詰めながら店主は問いかけた。



「結衣子ちゃん、毎週三日月焼3つ買ってくけど、ご家族へかい?」
「一つは自分に、もう一つはお向かいさん、それで最後の一つは友達にですよ。家族は実家にいるんです、久しぶりにおじいちゃんたちに会いに行きたいなあって」
「おう、どんどん帰ってやれ。ジジイにとって孫ほど可愛いもんはねえぞ、ウチの末の孫もモモってんだがこれまた可愛く…」



孫の話をする店主は、ずいぶんと優しい表情をしている。

人間、自分にとって大切な人のことを話すときは穏やかな顔をしているものだ。

島田の事を話す二海堂然り、孫のことを話す店主然り。

和菓子屋を後にした結衣子は、ウナギ屋に戻った後、一日の仕事を終えて帰路につく。

しかし、いつもの階段の町のバス停の前の停留所でバスを降り、一直線にある場所を目指す。

その場所は、川に面した、見晴らしの良い場所だった。

人影はまったくなく、街灯もないため、自分の夜目を効かせて歩いていくしかない。

とはいっても、規則正しく並ぶ均一の高さの石は、結衣子の進行を妨げるようなことはしない。

眼下には川が流れ、腰辺りまである柵は頑丈に『あるもの』を守っているようにも見えた。

シャラシャラとした静かな川の流れの音を目を閉じて聞いた後、結衣子はゆっくりと振り返り、手に持っていた紙袋から一つの包みを取り出す。

それをひんやりとした墓石の上に載せ、しゃがみこんで手を合わせた。

それから、小さくつぶやく。



「あなたが選んでくれた階段の町、とってもいいところだよ」



その言葉に答えるかのように、結衣子の指のリングがきらりと光った。

呟いた結衣子の顔は、穏やかだった。

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