『棋士』とはどんな仕事なのだろう、と思った。
祖父がいつもテレビや新聞で夢中になって見ている『棋譜』というものを作っている人なんだろうか。
作っているだなんて面白い言い方をするんだな、と祖父は笑った。
しかし私には作っているようにしか見えなかった。
その盤だけを見つめて、一生を掛けていくつもの作品を作っていく人。
ルールも何も知らないけれど、この一手一手には重くて強くて、その人の魂が全部詰められたような思いが籠っているんだろう。
そのことに気付いたのは、最近だ。
お隣に住んでいる、本物の棋士に出会ってからなのだ。
私の住んでいるところは、不思議な場所だ。
畳が敷き詰められた茶の間には窓が2つあって、一つはすぐ近くの石畳の歩道を、もう一つは少し遠くのビル街を映し出す。
テレビを点けないで茶の間に寝転がっていると、いつも聞こえてくるのは石畳の階段ばかりの道を陽気に笑いながら歩いていく老人たちの声。
そしてたまに遠くから聞こえる、けたたましい車のクラクション。
ゆったりした空間の中にあるにもかかわらず、騒がしい都市もかいま見ることのできるこの場所。
茶の間で起き上がって台所を突っ切り、玄関を開けてみると、ちょうど目の前をおばさんが歩いていく。
この人はどこの誰なんだろう、とふと思った。
田舎にいた頃は顔を見るだけでどこの家に住んでいるナントカさん、なんて出てきたものだけれど、ここは違う。
漂う雰囲気は田舎と変わらないけれど、根本的な本質は違う場所。
そんなこの場所で、隣の家の人の顔と名前を一致させているなんてある意味奇跡なのかもしれない。
多くの友人には「階段ばかり多くて迷路みたい」と言われてしまう、若者に人気のない田舎のような都会のこの町。
あなたはどんな理由でこの町を選んだのですか?
私が選んだ理由は―…。
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