「今日は食材いっぱいありますね」
「ああ、まあな。会館に行ったついでにスーパーに寄ってきたから」



自分の家の台所に立つ彼女の姿は、何度見てもやはり新鮮だ。

恋人関係になってから、彼女は月に何度かご飯を作りに来てくれる。

その回数はお互いの仕事の関係で多くなったり少なくなったりと定まっていないもので、この日が来るのがいつも待ち遠しいほどだ。

自分で自炊もするのだが、やはり人と食べる食事というものは美味しい。

ましてや一緒に食べているのは今の自分にとって何よりも大切な人。



「じゃあ、食べましょうか。いただきます」
「いただきます。…うん、うまい」
「ありがとうございます」



少しでも島田の胃腸に優しいようにという配慮なのだろうか、結衣子の作る料理は刺激の強くないものが多い。

20代の半ばといえば刺激の強いものをいくらでも食べられるだろうに、自分に合わせてしまっているようで申し訳ない。

そんな劣等感を持つ島田の心境はお見通しなのか、彼女はたまに刺激の強いものを食べた話をする。

友達とステーキを食べに行った等といった話である。

そしてその翌日にはお腹を壊すというエピソードを聞いているうちに、島田の劣等感も徐々にだが薄れてきた。

彼女も刺激の強いものはそんなに得意ではないのだ、と。

それがたとえ作り話であったとしても、自分の劣等感を拭うための嘘ならばいくらでも信じたい。

彼女の優しさを裏切るようなことはしたくない。



「島田さん」
「どうした?」
「今日、何かありました?いつも以上に眉間にシワが寄ってますけど」



そう指摘されて、初めて自分がそんな表情をしていることに気が付いた。

目の前に座る結衣子がこちらをじっと見つめていて、なんだか落ち着かない。

やはり今日、後藤に言われたことを心のどこかで気にしていた節があったのだろう。

彼女に捨てられないように、という挑発。

もちろんこのことを彼女に言うつもりはない。

自分が言われてここまで腹が立ったのだ、彼女だって何も思わずにはいられまい。

今思い出しても胸がムカムカしてきた。

こんな気持ち、彼女にさせるわけにはいかない。



「ああ、まあ久々に会った人が少し苦手な人だっただけだ」
「そうですか。誰だって苦手な人なんていますもんね」
「…ポジティブだな」
「その人を好きになる努力もするべきですけど、いつでも無理に合わせてたら疲れますからね。適度に距離を取って付き合っていけばいいだけです」



苦手な人などいそうにないというイメージを勝手に持っていたため、結衣子の発言に島田は一瞬持っていた箸を止めた。

彼の視線に気が付いたのか結衣子、は島田の顔を見て照れくさそうに笑う。

私の勝手なポリシーなんですけどね、と付け足し、茄子の漬物を頬張った。

完璧な人などいないし、誰も求めてはいない。

心のどこかで、結衣子の恋人にしては年を食いすぎているのではないか、もっと安定した職業の方がいいのではないか、と不安があった。

彼女が自分に対して求めているものを、自分は持っていないのではないか、とも。

しかし、彼女はありのままの自分を受け入れてくれているのだろう。

そうでなければきっと、今隣には居てくれないはずだ。

もし自分が結衣子にとって苦手な人だったのなら、彼女はもっと距離を取ったに違いない。

ましてや、恋人関係になどならなかっただろう。



「ありがとな。助かった」
「え?…なんのことかわかりませんけど、とりあえずどういたしまして」
「ああ」



きょとんとした表情を浮かべた結衣子は、次の瞬間には笑顔を浮かべていた。

向かい合って食事をしている彼の眉間から、シワが消えた。

いつも深く物事を考えていて、彼の考えていることのどの程度を自分が理解できているのかもわからない。

しかしシワが消えたということは、少しは悩みが解消できたということだろう。

その事実だけでも、自分にとっては嬉しいのだ。

実家の家族とも、友人とも違う、大切な人。

その人の負の部分を拭うことができたのなら、それだけで満足だ。

/