好き、という気持ちにはたくさんの意味がある。 そして島田が伝えたい「好き」という言葉は、彼女には伝わらない。 いつだって、彼女にその言葉を掛けてみても反応は同じだった。 「私も好きだよ、開のこと。私のことを一番よくわかってくれているから」 過疎化の進む故郷で、奇跡的に同じ年に生まれ、誕生日も一日違い。 双子みたいだと言われながら村の人々に可愛がられ、何年もの時を一緒に過ごした。 それぞれの家族よりいる時間が多いんじゃないかとからかわれることもあった。 島田が将棋に熱中していく傍ら、さつきは本へと夢中になっていった。 将棋のセンスはお互いにあり、奨励会に行くことを勧められるもののさつきは断り、島田が東京へと向かうバスを毎回見送りに来てくれた。 春には田植え、夏には畑の農作物の収穫、秋には稲刈り、冬には真っ白な雪原の中で登下校を共にする。 全てにおいて一緒だった。 二人しか知らない秘密もたくさんある。 もちろん中学生や高校生になってからはそこまで一緒にはいなくなったものの、やはり他の友人と比べれば時間は長い。 お互いに告白されることもあった。 しかし、どちらも彼氏や彼女を作ることはなかった。 なぜ彼氏を作らないのか、とさつきに一度訊いたことがある。 「開以上に私のことを理解してくれる人がいたら考えるけどね…今のところ、いないからさ」 「俺以上、ね…当分現れそうにないな」 「でしょ?」 何も慢心していたわけではなかった。 しかし自分以上に彼女のことについて知っている異性など、今後現れるわけがないと思っていたのは事実だった。 物心ついたときからいつも一緒だった自分と比べ、どの点で勝るというのか。 現れるかもわからない相手に知らず知らずに対抗心を燃やしていたのだろうか。 そしてこの彼女の言葉に安心しきっていたのも一つ。 恋愛関係にはなっていないものの、このままいけばいつまでも二人一緒だと思っていた。 彼女が自分に恋愛感情を抱いていないのは重々承知している。 それでも「開以上に自分について知っている人なんていない」と言っている彼女に対し、期待をするなと言うのはあまりにも酷だ。 もしかしたら、という思いは常に胸をかすめる。 一緒にいる時間が多ければ多いほど、その回数も増えるのだ。 「ついに明日かー、開もかっこよくしてきてよ?」 「…ん、善処する」 「そうやってつれない返事して」 明日には、彼女は別の男のものとなるのに。 結婚式前夜に電話を掛けてくるなんて、彼女はいったい何を考えているのだろう。 振り回すのはやめてくれと言えたらどんなに楽なのだろう。 そんな苦しみよりもさつきの声を聴ける喜びの方が勝っていて、自分から電話を切ろうとは思わない。 また今迄みたいに、彼女が眠くなってきたら「そろそろ眠るか?」と切り出すその時まで、島田は穏やかに笑い続ける。 電話の向こうにいる彼女にわからないように、心を痛めつけながら。 「結婚してもたまには電話してこいな?」 「もちろん。開のこと、ずっと好きだから。こんなに信頼できる幼馴染に連絡しないわけないでしょ」 「…俺もさつきのことが好きだ、今までもこれからも」 「ありがとう」 おそらく、お前に伝わることは一生ないんだろう。 俺の「好き」の言葉の意味は。 END 2013/02/06 (1周年企画)万里子様へ ←短編一覧 |