海藻類は髪に良いという情報は幼いころから知っている。 しかしそのような情報をどこで役立てればいいかもわからず、今まで頭の片隅で眠っていた。 しかし今、その情報が必要な時だ。 獅子王戦挑戦者決定トーナメント、対局するのは後藤九段と島田八段。 まさに身を削るような戦いの結果、挑戦権は島田が勝ち取った。 彼が挑戦権を掴んだと同時に、失ったものがある。 「はい、買ってきたよ」 「突然押しかけてきたと思ったらなんだこれ」 「見ての通り海藻だよ、海藻」 獅子王戦が終わり、今は束の間の安静期間であろう島田の家を訪れる。 バッグいっぱいに詰め込んできた海藻類をドサリとちゃぶ台の上に置けば、お茶の用意をしている島田は呆気にとられた様子でそれを見た。 島田とさつきが初めて出会ったのは、お互い二十代半ばの頃だった。 偶然入った飲み屋のカウンター席で意気投合し、恋愛関係などという甘い関係になることもなかったこの十数年。 島田はいまだに未婚、さつきはちゃっかり同じ会社に勤めていた男と結婚し、子どもも二人設けた。 結婚してからというもの、旦那も子供も連れて島田の家に来ることが多かった彼女が今日のように一人で来るとは珍しい。 そして彼女が持ってきたものは海藻。 元々テンションの高い彼女であったが、ついに何かの疲れで頭がおかしくなったのだろうか。 「俺の家じゃなくて病院行った方がいいぞ、連れて行ってやるか?」 「何の話?」 「お前の頭の話」 「いやいや、私の頭より開の頭の心配でしょ。そのために海藻買ってきたんだから」 「はあ!?」 獅子王戦挑戦者決定トーナメントの結果を知ったのは、翌日の朝刊だった。 一面の見出しに「島田八段」という単語があったことに満足し、さつきは詳しく見るために新聞のページをめくった。 朝食を食べ終えたばかりの子どもたちもそばに寄ってきたため、「開君が出るよー」と言いながら目的のページを見つけ出す。 仲の良い年上の友人である島田の姿を見ようと子どもが隣から新聞を覗きこみ、ちょうど掲載されているであろう写真がよく見えない。 少しズラして写真を見れば、そこには将棋盤を間にして和服姿で向かい合う男の姿。 一人は横顔からも漂う険しい顔をした男、そしてもう一人は友人である島田。 表情は真剣そのものなのだが、さつきはまじまじとある部分ばかりに注目してしまう。 他のところに目を移そうと思ったものの、どうしても島田と対局相手のその部分を比較してしまっていた。 「開君、このおじさんより年上なの?」 「うーん…相手の後藤さんより開のほうが年下のはず…なんだけど…」 やはり親子なのか、気になるところは一緒らしい。 最近は島田のところに遊びに行く頻度も減っていたため、もしかしたらこれはちょうどいい機会なのかもしれない。 そう考え、子どもたちが週末のサッカークラブで家を留守にしている間に島田の家へ行こうと計画を立てる。 島田の家に行く理由を話したところ、旦那はギョッとしているようだったが強く止めはしなかった。 数年前から薄々気づいてはいたが、この事態を黙ってみていられる期間は過ぎてしまったのだ。 「増やそうよ、開の頭皮が寂しそう」 「川柳みたいに言うな、失礼な奴だな!」 「ごめんごめん、でも今日はこの海藻でごはん作るよ。あとでチビ達も来るけどいい?」 「…久々にさつきの飯食べられるならいいか」 「旦那も後で来るからねー」 「お前の家族、俺の家を別荘か何かにしてないか?」 ため息をつきながらもこちらを見て笑ってくれる島田に、さつきもまた笑いを返す。 戦い抜いたあなたが、少しでも笑顔になれますように。 ついでに願わくば、あなたの髪が少しでも増えますように。 END 2013/02/04 (1周年企画)あや様へ ←短編一覧 |