赤に黄色にピンク。 視界に入る色は驚くほどに鮮やかで、自然な色で作られている。 さつきが声も上げずに目を見開いて感動している様子を見て、島田は満足げに笑った。 「チューリップってこんなにたくさん色があるんだね、知らなかった!」 「別名チューリップ園とも呼ばれてるらしいからな、いろんな植物の中でもチューリップに力を入れてるんじゃないか?」 振り向いて第一声を発した彼女の笑顔は、自分にとっては驚くほどまぶしい。 仕事の都合で富山に行く、と言った時に、さつきは珍しく付いていきたいと言いだした。 今まで対局や出張でいろいろなところを回ってきたにもかかわらず、彼女は毎回「行ってらっしゃい」と送り出してばかり。 たまには誘ってみるのだが、その誘いも邪魔になっては悪いからと断る。 そんな彼女がわざわざ付いてくるなど、よほど富山に来たかったのだろうか。 もしそうだとしたら、行きたいところはあるのかと聞いたときに「開に任せるよ」と言うのもおかしい話だが。 「私ね、子どものころにチューリップのショックな瞬間を見たことあるんだ」 「へえ、どんな?」 レンガで縁取られた花壇に座り込み、さつきはふとそんなことを口にする。 真上に広がるのは青空で、雲一つない。 強い日差しから守るように、彼女を日陰に入れるようにして座り込みながら島田は短く返す。 チューリップにそんな瞬間があっただろうか? 幼少期に庭先で育てていたはずだが、いつも満開の花を咲かせていて、ある程度の花の大きさになったらいつの間にかなくなっていた。 「ポトッて花ごと地面に落ちちゃったところ。大きい花だなあって思ってたら落っこちちゃって、隣にいたおばあちゃんに泣きついたんだ」 「あー…それはまあ、たしかに小さいころに見たらショックだな」 チューリップが見舞いの時にタブーにされている理由である瞬間を、その目で見てしまった。 そう話すさつきに、島田も同情するように答えた。 さつきと島田が目の前にしている植物園のチューリップはある程度の大きさで見栄えも良く、太陽に向かって元気に咲いているように見える。 これが数日も経ってしまうと大きくなりすぎて、お世辞にも見栄えが良いとはいえないものになってしまうものだ。 そして大きくなりすぎたチューリップはある瞬間に突然、地面に落ちてしまう。 初めて見たその瞬間にショックを受けた記憶が思い出され、さつきは隣で一緒にしゃがんでくれている島田をちらりと見る。 わざわざ日陰を作るように座ってくれる彼。 いつも「おっさん」と自虐しているけれど、彼の優しさと格好よさにはいつでも惚れ惚れしてしまう。 本当は今日まで、チューリップが嫌いだった。 あの瞬間を偶然に見てしまった時から、ずっと嫌いだった。 でも彼と見たらその思い出も浄化されるような気がして、富山に行くと聞いたときに行きたいと言ってしまっていた。 富山に来たのなら、チューリップを一度は見る機会があるだろうと思ったから。 「チューリップのこと、好きになれそう」 「そうか、それならよかった。俺も好きになりそうだよ、紫のチューリップ」 「なんで紫?」 「さあ、なんでだろうな」 熱中症になったら困るから行こうか、と島田は立ち上がる。 同時に触れられた頭に熱を感じ、こんなに熱くなっていたのかと驚いてしまう。 びっくりした顔をしているさつきに笑顔を見せ、彼は小さく手を差し出した。 「ほら、熱くなってただろ?中に入って涼むぞ」 握った手は、ゴツゴツと骨ばっていて、自分のものより一回りも二回りも大きい。 優しい力加減のその手に小さく力を籠め、小さく引っ張られるようにしてさつきも後に続く。 ちょうど二人が通り過ぎた看板には、花言葉が紹介されていた。 紫色のチューリップの花言葉、永遠の愛。 END 2013/01/31 ←短編一覧 |