学校行事が嫌いだった。 よくあるグループ分けというやつが、いつもなら見ないふりをしている人間関係というものを目に見えるように突きつけられる気がして。 今日の学校行事は七夕。 個人で短冊に願い事を書き、グループごとに笹へ吊るすというものだった。 ああ、こんなことくらい個人で吊るさせてくれればいいのに。 前の人から事務的に回されてきた薄い水色の短冊を受け取り、まじまじとそれを眺める。 短冊を受け取った後は、グループ分け。この時間が何よりも嫌いだ。 加えて今日は各自で席を移動してグループを作るというものだった。友達なんていない自分にとっては苦痛以外の何物でもない。 そして最後に残った自分は、先生から「誰か桐山と組める奴はいないか?」とクラスメイトの中でさらし者にされるのだ。 あの瞬間は何度経験したって心臓がぎゅっと掴まれたような、苦しい気持ちになる。 ああ、その苦しい時間はあと何分後に訪れるのだろう。 周りで賑やかに移動を始めるクラスメイトたちの喧騒に耳を背けたくなる。 どうしてわざわざ高校に入学したんだっけ。 本当は高校に行かずにプロの将棋棋士として生きていく道もあったのに、自分はどうして――。 「桐山くん、組む相手がいないなら私たちと組まない?」 「え……?」 「もちろん無理にではなくてね、もしよかったらなんだけど!」 この人は、誰だろう。クラスメイトの女子なのだろうけど、誰とも話したことがないから名前がわからない。 自分に声をかけてきた黒髪を肩辺りで切りそろえた女子と、その隣でこちらを窺うように気まずそうに立っている女子。 一体、どうして自分なんかに声をかけてきたんだろう? 真意を測りかねて答えに困っていると、沈黙は否定だと思ったのか声をかけてきた女子も困ったように笑う。 「突然ごめんね、迷惑だったよね?」 「いや、そんなことは……僕でよかったら、ぜひ」 「よかった、ありがとう」 ほっとしたように微笑む目の前の女子の名前は、矢川さつきさんというらしい。 隣にいる女子は矢川さんの友達だ。 近くにある机と椅子を持ってきて自分の机とくっつけられると、あっという間にグループの完成だ。 初めてだ。先生の一声がなくてもグループに入っているだなんて。 なぜ矢川さんは僕なんかに声をかけてくれたのだろう、と少し不審に思いつつ、短冊に願い事を書く時間が始まる。 途端にクラス中がしんと静まり返って、何か書いたり消したりする音がわずかに響く。 目の前で真剣な顔で何かを書き込んでいる矢川さんは、少し首をかしげながらサラサラとペンを進める。 開けっ放しの窓からはわずかに風が入ってきて、その生ぬるい風が夏を感じさせた。 「桐山くん、短冊書けた?」 「あっ、うん。あとは吊るすだけだね」 「よーし、じゃあみんなで吊るしに行こう!」 グラウンドに設置されている笹までは各グループでまとめて移動して、吊るす作業が終わり次第下校という形になっている。 矢川さんは妙に張り切った様子で先頭を切って歩いていく。 その後ろについて歩いていれば、矢川さんの友達にツンツンと肩をつつかれて振り向いた。 「あの子、妙に張り切ってるでしょう?ずっと話したかった桐山くんと話せてうれしいんだと思う」 「え、僕と?」 「うん、このクラスね、けっこう桐山くんと話したがってる人多いんだよ。桐山くん、休んでることが多いからなかなかチャンスがないけど」 全く知らなかった。自分がそんな風に思われていたなんて。 もしかして、自分は勝手に距離を取っていただけなんだろうか。 こんなやつとはだれも話したくないだろうと俯いて、誰とも話さないように口を真っ直ぐに結んで。 思わず握っていた短冊に強く力を込めてしまう。 ああ、バカだな。なんて自分はバカなんだろう。 前を向くと、周りには同じように短冊をもってグラウンドに向かうクラスメイト達がいて。 さっきまではうるさいなあと感じていた喧騒も、なんだかとても輝かしいものに思えて。 今ここでしかできないことを経験したくて、僕は高校に入学したんだっけ。 「A級?将棋の世界のクラスみたいなもの?」 「一番強いクラスのこと、かな」 「へえ、桐山くんの目標なんだね!」 グラウンドに着き、短冊を吊るしていると隣から願い事を覗き込むように矢川さんに声を掛けられる。 『いつかA級にいけますように』 短冊の願いごととして書いたのは、自分の職業でもある将棋の世界のこと。 でも、もしも時計の針が巻き戻るなら。 きっと今の自分なら、別のことを書くんだろうな。 「同じ高校生なのに、桐山くんはもう自立しててかっこいいね」 「……僕にとっては矢川さんの方がかっこいいと思うけどね」 「えっ!?」 新たにできた願いごと。 『クラスの人たちともっと仲良くなれますように』 きっとその願いごとは、矢川さんが声をかけてくれなければ頭に浮かぶことなんてなかったから。 あなたはかっこいい、僕にとっての救世主なんだ。 END 2019/07/07 ←短編一覧 |