なぜ彼女の周りにはいつも人がいるのだろう。 答えは簡単だ。 彼女は人を惹きつける魅力を持っている。 答えを知っているからと言って、自分が納得できるかというとそうではない。 現に今、彼女はとても楽しそうに会話をしていて、隣にいる見知った男もいつもの笑顔で笑っている。 彼がいつも穏やかで、誰に対してもああいった態度だということは知っている。 それでもこちらの内心は穏やかではない。 早くあの場に駆け付けたい気持ちと、仕事だからここを離れることは許されないという掟。 二つの間に挟まれ、フラッシュを浴びる宗谷冬司の顔はますます険しいものになっていた。 視線の先にいるのは、彼女であるさつきと同期の棋士である島田。 今はホテルでの囲み取材の真っ最中で、壇上にいる宗谷からは少し離れたロビーの様子がよく見えていた。 次々と質問を投げかけてくる記者たちの言葉もほとんど耳に入っていないまま、彼の視線は二人を突き刺していた。 そもそも、なぜこんなことになったのか。 事の発端は昨日にさかのぼる。 宗谷は昨日、とあるタイトル戦の防衛を決めて、「永世」の肩書を手に入れた。 それに気を良くした将棋連盟の理事長である神宮寺の取り計らいで、宗谷を知る関係者を軒並み都内から召集し、タイトル戦が行われていたホテルへと集めた。 飲めや歌えやの宴会が行われ、その中には宗谷の恋人であるさつきの姿もあった。 恋人ということは周りに知られていないまま宴会に参加していたさつきの傍には常に島田の姿があって、宴会の主役ともいえる宗谷は同じ空間にいるというのに彼女に近づけないままだった。 そのこともあって機嫌が悪いというのに朝から囲み取材だといって人ごみの中に連れ出され、その視線の先にはロクに話すこともできていない彼女がいる。 彼の機嫌はもはや奈落の底といっても過言ではない。 早く彼女の傍に行きたい。その笑顔をこちらに向けてほしい。 思い切り、抱きしめたい。 「さつきさん、俺もう死にそうです」 「ファイトですよ、開さん!一緒にがんばりましょう」 「なんでそんなに笑顔なんですか……」 宗谷の射るような視線を浴びて顔色が悪くなっている島田とは対照的に、さつきは太陽のような笑顔を見せていた。 理由は簡単である。 今日を乗り切れば、宗谷と一週間一緒に過ごせるから。 普段は将棋連盟のイベントだなんだとちょこまか駆り出されている宗谷であったが、タイトル戦が一段落すれば落ち着いて家にいることができる。 どこにいても彼の研究は続いているだろうけれど、それでもタイトル戦の時よりは穏やかな時間を過ごせるはず。 考えるだけで頬が緩むのを抑えられないのだ。 「神宮寺会長が温泉のペアチケットくれるんですって。頑張らないと!」 「恋人がものすごい視線でこちらを見てますよ。さつきさんにも恐ろしい視線向けてますよ、疎まれてますよ……俺なんて抹殺されそうな視線ですけど」 「いつも将棋盤ばっかり見てるからたまにはこっちを見てくれてもいいんです!……なーんて、本当は将棋が好きな冬司くんが好きだからそれは全然かまわないんですけどね」 「……もうおなかいっぱいです」 宗谷とはあえて距離を取って、しばらく島田の隣にいるようにしてほしい。 神宮寺から頼まれたことは簡単に表すと上記のような内容で、無事今日一日を乗り切ることが出来たらペアチケットをくれるのだという。 当然宗谷は何も知らされておらず、島田への視線は恐ろしいものになるばかり。 とんでもない役を押しつけられた島田であったが、こんな役をできるのも自分だけであろうと覚悟はしていた。 腹が立たないと言えば嘘になってしまうが、こればかりはしかたない。 「良い、すごく良い!これは売れる!」 「あのね、会長。被害者の身にもなってくださいよ」 「あーあー島田ね、ありがとね、おかげで険しい表情の宗谷のショットが撮れて雑誌も売れる!」 「全然感謝してないでしょ!」 隣でガッツポーズを決める神宮寺と、明日以降の温泉旅行のことを考えて一人幸せそうなさつきと、真ん中で諦めたように微笑む島田。 宗谷から突き刺さる視線をものともしない二人と、一番の被害を受けている中央の一人。 事の真相を聞いてから「昨日は悪かった」と宗谷からメールが来た島田が安心したように笑うのは、また別の話。 END 2017/09/18 (20万ヒット企画)ルハン様へ ←短編一覧 |