島田さん、私は間違っていたのかもしれません。

もしくは、私みたいな女に興味を持つ男性なんていないだろう、とどこか他人事に捉えていた私への天罰かもしれません。

本当は待ち合わせ場所に早く来て、いつも私より先に待ち合わせ場所にいる島田さんを驚かせたかっただけなんです。

それが今、こんなことになってしまうなんて……!





その日、さつきは落ち着かない様子で彼氏の島田を待っていた。

きょろきょろと周りを見渡して、手元のスマホで時間を確認して、また周りを見渡す。

ここまで落ち着かないのは、彼の驚く顔を見たかったから。

いつも時間ぎりぎりなのにずいぶん早いじゃないか、と少しでも笑ってほしかったから。

二週に一度と決めているデートの日、張り切って早く起きて、いつもよりずいぶん早く家を出た。

作戦は大成功で、待ち合わせ場所に着いても彼の姿はまだ見当たらなかった。

ここでおとなしく待っていよう、と心に決めて待ち始めたのはいいものの、いつも島田に待ってもらう立場のため、気づいていなかったことがある。

人を待つというのは、案外神経をすり減らすものだ。

時間通りに来るだろうか、どの方面から来るだろうか、事故にあったりはしていないだろうか。

考えることは山のようにあって、どこから手を付ければいいのかわからない。

休日の駅前の噴水広場は人であふれていて、あちこちで待ち合わせをしている人が見える。

彼はいつ来るだろうか。いつもこんな気持ちで、私を待ってくれているのだろうか。

ふと目線を上げた先に、彼の顔が見えた。

しかしそれは、等身大の彼よりずいぶんと小さなもの。



「島田さん……!」
「え?」
「あっ、ごめんなさい。知っている人の顔が見えたもので」
「島田さんのこと、ご存じなんですか?」



隣に立っていた若い男性が読みだした将棋雑誌に見えた彼の顔。

思わず声をかけてしまったところ、男性はキラキラとした眼差しでこちらを見た。

元々将棋が好きであること。同じ世代で将棋が好きな人にはなかなか出会えないこと。

一番好きな棋士は、島田であること。

思わず「わかります、わかります」と頷きながら、男性の話を熱心に聞いてしまう。

特に、一番好きな棋士が島田であるということが何よりもうれしかった。

自慢の彼氏のことを好きだと言われて嬉しくないわけがない。

島田棋士は素敵ですよね、と同調すると男性は大いに喜び、その後もついつい彼の魅力について語り合ってしまう。

島田について語り合った後、男性は「あの、もしよかったら」とカバンの中からスマホを取り出した。



「連絡先、交換してもらえませんか。こんなに島田棋士の話ができた人が今までいないので、ぜひお友達から」
「ああ、ええっと」



そして、冒頭に戻る。

どうしよう、島田さん。

島田さんのことはぜひ語り合いたい、でも島田さんという人がいながら異性の友人を新たに作っていいものか。

それにもしかして、自分の自意識過剰のせいでなければ、男性は自分に対して好意を抱き始めていると思う。

きっぱり断るべきなんだろう、いやでも島田さんの素晴らしさは語り合いたい。

手元のスマホを握り締めたまま固まってしまったさつきに男性が首をかしげると同時に、彼女の肩を掴んで引き寄せる人がいた。



「すみません、彼女に何か御用ですか」
「島田さん……!」



いつもの穏やかな顔からは想像の付かない、眼光鋭い瞳。

心なしか声も低く聞こえるものの、見上げるような形になってしまったさつきからはその表情の険しさが正確には見てとれない。

目の前の男性が「えっ、あの、えっと」と固まっているうちに彼女の手を掴んだ島田は、あっという間に人ごみの中へと彼女を連れ去る。

駅前から離れて、近くの公園へとやってきた二人。

並ぶようにベンチに座り、やっと口を開いた島田から出てきたものはため息だった。

そのため息が、すべてを表している。

そう直感で判断した彼女は、泣きそうな顔で頭を下げた。



「ごめんなさい、島田さん!私がいけませんでした!」
「えっ、ちょ、ええ?さつきに非があるとはまったく思ってないんだぞ?声かけられて困ってたんだろ?」
「いや、その、声をかけたのは私の方と言いますか……島田さんについて熱く語り合ってしまったというか……」
「はあ!?」



すべての事の顛末を聞いた島田は、震える手で顔を覆った。

笑い疲れた安心感と、脱力感と、罪悪感。

彼女が見知らぬ男に言い寄られて困っている、と判断した後のことはほとんど何も覚えていない。

夢中で人ごみの中をすり抜け、彼女の横に行って、見知らぬ男から引きはがしたことだけは覚えている。

気づいたら公園にいて、隣同士で座っていて、そこで聞かされた話は自分の想像の斜め上をいっていて。

名前も知らぬ彼には悪いことをしたなあ、と頭をぽりぽりと掻きつつ、島田は彼女をちらりと見た。

年下の彼女。

同年代の落ち着いている女性に比べると、ずいぶんと子供っぽくて可愛らしいなあと思う人。

その天真爛漫さに救われているんだと思いつつも、今日のように見知らぬ男と意気投合されてしまってはヒヤリとする。

思わず手を伸ばして彼女の髪を触ると、サラリと手に絡みつくように柔らかな感触がした。



「誰とでも仲良くなれるのはさつきのいいところだけどさ」
「はい?」
「俺としては心臓が縮みそうになるなあって……だから人間関係を制限しろとは言わないけどさ」



もう少し警戒心は持ってくれよ、と抱き寄せた彼女の耳元でそう呟いた。

勘違いから始まった、休日の午後のひと時だった。





END
2017/9/18

(20万ヒット企画)真白様へ

←短編一覧

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -