今日、人生で一度きりしかない告白をしようと決めていた。

相手は、自分にとってはもったいないくらいの彼女。

六つほど年の離れた彼女は、年下ながらも自分に一生懸命尽くしてくれている。

たまには自分のやりたいことを言ってくれていいんだぞ、と言っても「開さんの傍にいるだけで幸せです」と言われてしまうのだから、困ってしまう。

今日は久しぶりに彼女が島田の家へとやってくる日だ。

このところ対局が続いていたために会う機会が減っていたのだが、ようやく落ち着いたために連絡を取ってみると、すぐに答えが返ってきた。

軒先に布団を干しながら待っていると、呼び鈴を押す前に島田の存在に気付いたらしいさつきがひょっこりと庭へと顔を出した。

パッと明るい笑顔を向けられると、こちらまで気持ちが緩んでしまう。



「開さん、こんにちは。……なんだか痩せました?」
「あー、まあ、色々あって食事が疎かになってたことは認めるが……」
「ごはん、作りますね」
「待て待て、とりあえず家に入ってこい」



彼女が島田の健康状態を心配して、ごはんを作ってくれて、二人で食べて、穏やかな時間を過ごして。

それではいつも通りの一日になってしまう。

今日は一世一代の告白をするのだから、最初から普段とは違う行動を起こすようにしなければ。

お邪魔します、と部屋の中へ入ってきたさつきを座布団の上に座らせ、その向かいに真剣な面持ちで島田も腰を落とす。

彼の表情が普段と違うことに気が付いたのか、さつきは困惑したように島田を見つめた。



「開さん?どうしました?」
「今日一日、さつきが俺にしてほしいことを実行したいと思う」
「え!?」
「その代り、俺のわがままも一つ聞いてほしい」



突然の提案に固まる彼女を見ながら、島田はドキドキと高鳴る胸を鎮めようと必死になった。

普段わがままを何一つ言わない彼女に、今日こそは甘えてほしいというのは事実。

そして、その代わりに自分のわがままも一つ聞いてほしいというのもまた事実。

そのわがままを受け入れてもらうかどうかは別として、その告白だけは彼女に聞いてほしいと思ったのだ。

他でもない、彼女に。

えっと、でも、と続けようとする彼女に、島田はとどめとなる一言を渡した。



「たまには甘えてもらわないと、俺も申し訳ないんだよ」



ぽりぽりと頬を掻くようにして照れたように言われてしまうと、さつきもそれ以上は返す言葉がない。

その様子を感じた島田が、「じゃあなんでも言ってくれ」と目の前で穏やかに笑う。

彼にしてもらいたいことなんて、考えたことがなかった。

自分が島田に対して尽くすことに幸せを感じていたから、代わりに何かを受け取る側に回ってみるというのは新鮮な気持ちだった。

何をしてもらえればうれしいだろう。

ごはんを作ってもらうこと、どこかに連れて行ってもらうこと、何かを買ってもらうこと。

世間一般的にはこんな感じだろうかと頭の中に思い浮かべてみたものの、どれもしっくり来ないためにすべてを打ち消す。

普段島田といるときに幸せを感じるときはどんなときだろう。

一緒にいるだけで幸せ、ともいえるのだが、それではきっと彼は納得しないだろう。

散々考えた結果、一つ思いついた。

言葉にするのは恥ずかしさから気が引けたが、これしか思いつかなかったのだから仕方ない。



「あの」
「うん?」
「ギュッてしてほしいです」



顔から火が出る、とはこういうことを言うのだろう。

いざ口に出してみると、想像していた以上に恥ずかしい。

カアっと赤くなっていく頬に自覚はあるものの、言ってしまったのだから仕方ない。

さつきが視線を床に向けたままどうしようかと迷っていると、不意に後ろから抱きしめられる感覚があった。

ギュッと包むようにしておなかの前に回された腕と、背中に感じるぬくもり。

耳元に寄せられた口から言葉が紡ぎだされると、その吐息がくすぐったい。



「こんなことでよかったのか?」
「こんなことでいいんです」



幸せだ。

好きな人にギュッと後ろから抱きしめられていると、時間が止まってしまえばいいのにと思うくらい幸せ。

とろけるような笑顔を見せるさつきの顔を見て、島田もふっと口元を緩めた。

こちらのわがままは、いつ言い出そうか。

幸せそうな彼女には申し訳ないが、ここでびっくりした顔をさせるというのもいいかもしれない。

ちょっとした悪戯心が芽生え、島田は彼女の耳たぶに軽くキスを落とす。



「わっ、なんですか!?」
「結婚しよう、さつき」



彼女へのわがままは、一つだけ。一世一代の告白だ。




END
2017/03/23

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