普段、通りなれた道を一本外れただけで、新しい世界に来たようだった。

周りに立ち並ぶ店や、街灯の光も怪しく光り、島田は足を速める。

今日は気の置けない仲間たちとの飲み会で、さきほど解散したばかり。

時間にして午前二時といったところか。

冬の夜空は遠くのほうで輝いていて、速めていた足を止めて見上げてしまう。

自分の呼吸する動きに合わせて白い息が周りに広がり、改めて寒さを痛感してしまう。

気分転換に一本道を外れてみたが、早く帰ったほうがよさそうだ。

再び足を速めようとする島田の耳元に届いたのは、小さな音だった。



「くしゅんっ」



周りに立ち並ぶスナックや居酒屋からくぐもったようなカラオケの音楽や笑い声が聞こえてくる中、その音はたしかに島田の耳に届いた。

酒に酔った自分の耳に聞こえた、幻聴だろうか。

それとも、どこかの店から出てきた人のくしゃみだろうか。

残念なことにどちらの予想も外れた島田の目に入ったのは、一人の女性が店の軒先で座り込んでいる姿だった。

三階建ての雑居ビルの軒先に座り込んだその女性は、明らかに様子がおかしい。

頬が赤く、自分自身を包み込むようにして腕を抱え、体育座りのような姿勢で目をつぶっている。

酔っ払いだろうか、それならあまり絡みたくはないな……。

島田が遠目に彼女を見ていると、彼女の耳や鼻先が寒さからか真っ赤になっているのが見えた。

しゅんと体を丸めこんだ様子を見ていると、どうにも放っておけない気持ちになってくる。

普段とは違う道を通った日に偶然会った人、これも何かの縁か。

意を決して近づき、おそるおそる肩を叩いてみるも、反応はほとんどない。

連れがどこかにいるのではないかと辺りを見回してもそんな人はどこにもおらず、聞こえてくるのはビルの二階に入っているのであろう居酒屋からの笑い声ばかり。

二人してここにいても冷え切ってしまう、はたしてどうしようかと困り果てた時、すぐ近くのドアがチリンチリンとベルを鳴らしながら開いた。



「おや、どうしました?」
「この女性が酔っぱらった状態でここに座り込んでいたのですが、一人で置いておくのもどうかと思いまして……どうしようかな、と」
「ああ、なるほど。それならうちの店へどうぞ」



一階でバーを営んでいるという六十代らしき男性の厚意に甘え、女性を薄暗い店内へと運ぶ。

バーはもう店じまいの時間らしく、「私は片付けをしていますからこの女性の傍にいてあげてください」という店主の言葉に頷き、ソファに横たわる彼女の向かい側の席へと座る。

顔つきからして、この女性は二十代だろうか。

未成年というわけではなさそうだが、学生という雰囲気でもないため、いったいどういった経緯で道端で酔いつぶれるという経緯になったのかと不思議に思う。

カウンター席の向こうにあるキッチンでは洗い物をする音が聞こえ、島田にもうとうとと睡魔が訪れ始めた時、目の前の彼女がわずかに身動きをした。



「う、ううん……?」
「お、気づいたか」
「んん……?」
「とりあえず水、どうぞ」



まったく事態を把握できていない様子でとろんとした目をこちらに向ける若い女性の眼差しに、思わず目を背ける。

こちらも今は酒に酔っているのだ、理性が吹き飛ばないようにしなくては。

差し出された水をこくこくと飲んでいくと、ホッとしたように女性は息をつく。

その頃合いを見計らって、島田は声をかけた。



「えーと、失礼ですがお名前は?俺は島田です」
「矢川さつきです。あの、ここは?」
「矢川さんが座り込んでいたところのすぐそばにあったバーですよ。覚えてませんか?」
「え?座り込んで……あ、ああ……」



すべてを思い出した様子のさつきは頭を抱え始め、島田はその様子をしばらく見守る。

そして、少し落ち着いた様子の彼女から事情の説明をされた。

今日は、社会人になって初めて合コンに誘われ、その合コンの当日だったこと。

この雑居ビルの2階に入っている居酒屋で合コンは行われ、その途中までは記憶がハッキリしていること。

途中からどんどんとお酒を飲まされ、記憶があやふやになっていること。

二次会に行こうという話になっている中、これはまずいと朦朧とした意識の中で頑なに拒んだ結果、自分だけ軒先に置き去りにされてしまったこと。

そこからはまったく記憶がないこと。

あらかたの説明を受けて苦笑する島田に、さつきは顔を赤くしながらも笑って言った。



「助けてくれたのが島田さんでよかったです。ありがとうございます」
「……っ」



ああ、そんな赤くほてった顔でこちらを見ないでほしい。

そんなにまっすぐとお礼を言わないでほしい。

今、こちらが何をしたいと思っているか、知ったら君はきっと幻滅してしまうだろうけれど。



「……すまん」
「えっ……んんっ」



理性が、吹き飛んでしまった。

そのあとどんな風に帰ったかなんて、どちらも覚えていなかった。





END
2017/03/01

中編のネタにしようと考えていたネタ。
続きを書こうかどうか悩んでいます。

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