今日のお昼はコンビニで買ったサラダボウルと、家から持参したおにぎりとスープ。 普段は職員室の机で食べるのだが、そろそろ肌寒い気候となってきたため、さつきはあえてその場から出ることにした。 職員室で昼休みを過ごすと周りの教諭との世間話をする必要があり、決してその時間が嫌いというわけではないのだがたまには一人でぼんやりと過ごしたいのだ。 自分の昼食をランチバッグの中に入れ、さつきは軽い足取りで階段を上がっていく。 外に近づくにつれ、だんだんと伝わってくる冷気。 物好きな生徒は外で食べているかもしれないが、大半の生徒は教室で机を合わせて好きな者同士で昼食を食べていることだろう。 自分が今向かっている屋上にだって、ほとんど生徒はいないはず。 「うわあああああ!?」 目の前の扉を開けば屋上、といったところでさつきは自分がこれから向かう方向から悲鳴を聞いた。 今まであまり聞いたことのない、男の悲鳴だ。 一体何が起こっているのだろう、あまり立ち入らないほうがいいのだろうか。 いや、もしも生徒が何かしらの被害にあっているなら教師として止めないのは問題になる。 しかし男子高校生が悲鳴を上げるような事態に、一応は女である自分が対応できるのだろうか。 勇気とためらいが心の中でにらめっこを始めようとしたとき、次なる悲鳴が聞こえた。 声からして、同じ人物から出たものだと思われる。 「先生、やめてください!」 「せ、先生…!?」 まさか自分と同じ立場にある人物が、生徒と思わしき男子に被害を加えているのだろうか。 もう悩んでいる暇はないと決意を固め、思い切ってドアを開ける。 なるべく威圧的に見えるように、あえて壁に叩きつける勢いで屋上へと足を踏み入れた。 どなたか知りませんが、生徒に一体何をしようとしてるんですか。 そんな怒りを込めて口を開こうとした矢先、目の前にあった光景は想像していたものと大きくかけ離れていた。 「林田先生…?」 「……あはは、矢川先生…こりゃどうも」 そこにいたのは、二人だけ。 さつきにとっても教師の先輩である林田と、プロの棋士としてこの高校に通う桐山零だった。 一体何が起きていたのか聞いてみたことを簡潔にまとめてみれば、林田が無理やり桐山の持っていたおにぎりを食べようとしたのだという。 以前から適当な人だとは思っていたが、まさか生徒の食べ物に手を出すなんて。 呆然とした様子で林田を見るさつきの視線に気づいたのか、彼は少し拗ねたように隣に座る桐山を指さした。 「だって矢川先生、こいつこんなに大きなおにぎり持ってるんですよ?少しくらい分けてもらってもバチは当たらないと思うんです」 「林田先生、生徒の食事を奪い取るなんて前代未聞です」 「いやー、給料前の経済状況からしてみるとこんなに米があるってのがうらやましくてうらやましくて…矢川先生も社会人仲間としてわかるでしょう?」 「…それはまあ、たしかに」 「ええっ!?」 さつきは一瞬納得しかけるも、桐山の動揺した声で一気に引き戻される。 いけないいけない、林田の戦術に嵌まるところだった。 いくら給料前で懐が寂しくても、生徒の食事を奪っていい理由にはならない。 どのように林田を説得させればいいのか眉間にしわを寄せていると、彼はお得意の気の抜けるような笑みを浮かべて問いかけた。 「矢川先生、どうしてこんなところに?」 「え?ああ、お昼を食べに…」 「それじゃあ早く食べちゃったほうがいいですよ、もう休み時間半分過ぎてますし」 「あっ、本当だ」 慌てて腕時計を確認してみれば、あと30分もせずに次の授業が始まってしまう。 たしか次の時間は授業は入っていないはずだが、いろいろとやらなければいけないことがある。 なんだかうまくかわされてしまった感が否めないが、これ以上の追及は今は諦めよう。 二人の横に同じように腰かけ、まずはサラダを食べきる。 そして次におにぎり。 最後に残るのはスープであり、屋上の風邪で少し冷えた体にほどよく染みる。 「桐山君、スープどう?多めに持ってきたからよかったら」 「えっ、あの」 「久しぶりに来たんでしょ、学校。体調崩さないように温かいものでも食べておきなさい」 「ありがとうございます、矢川先生」 「矢川先生、俺にも」 「林田先生はカップ麺食べたんですから温かいものは十分でしょう」 林田先生には、もう惑わされません。 そう断言したさつきに桐山が笑いかけ、林田は再び桐山のわずかに残ったおにぎりにかぶりついたという。 END 2014/09/24 ←短編一覧 |